『運命の人』感想おまけ・OKINAWA

カテゴリー │書籍・雑誌

 山崎豊子『運命の人』(文藝春秋)全4巻の最終巻は、これまでとはだいぶ趣が異なります。実在の新聞記者が巻き込まれた事件をもとに展開してきた3巻までから遠く離れ、作者のフィクションの色が濃くなります。
 主人公は有罪判決が確定した後、何もかも失って沖縄へ渡ります。地元の農家や知識人、芸術家と生活をともにするうち、沖縄が歩ざるを得なかった歴史と現在に思いをはせます。
 本書に「少女事件」という章があります。およそ15年前、沖縄で少女が米兵に暴行されたという事件です。逃走した米兵はすぐに警察に捕まりますが、「日米地位協定」という取り決めで、日本の裁判所で裁かれることなく米軍に引き渡されました。あまりの不公平な措置に現地の人たちの間で怒りが湧き上がりました。
 その日、私も沖縄にいました。

 まったくの偶然でした。友人から拉致同然で旅行に誘われ、魚介類の幸を味わい、白い砂浜を歩き、ホテルのプールでオリオンビールに舌鼓を打ち、さあ本土に戻ろうという朝にこのニュースを知りました。
 地元の新聞は大きく一面でした(小説の記述と私の記憶には若干の齟齬がありますが)。地元のテレビでも抗議の口調で激しく取り上げていました。
 まことに痛ましい事件です。しかしながら、少女への暴行事件は本土でも珍しいことではありません。それほど大きく扱うことかなと不可解に思ったものです。
 私はあまりにも若すぎました。そして、不見識で、愚かに過ぎました。

 沖縄の南端に有名な戦跡の摩文仁の丘があります。沖縄戦で敗色濃厚になると、ここから次々と身投げしたそうです。崖っぷちまでいって、見降ろしました。下はごつごつした岩で、軍の強制があったかどうかはともかく、女性や子どもたちが次々と身を投げ岩にたたきつけられた様を想像しました。
 沖縄戦で犠牲になった人たちすべての名を記した「平和の礎(いしじ)」に掘られた名をなぞりました。金城さんとか渡嘉敷さんとか、本土ではあまり見ない名前をよく見ました。
 付近は美しい国定公園です。あちこち歩き回り、草木の茂るなか、小さいころにやっていた探検ごっこみたいだななんて思い気ままに散策していました。洞窟らしきものを見つけ、大きな声をあげました。友人たちが、なにがあったのかと寄ってきました。その友人たちは、声を失いました。
 戦争中の防空壕が、そのままありました。

 小説では伝え聞く沖縄戦の悲惨な様子が登場人物の口から語られます。私の知らなかったこともいくつもありました。意外だったのは、皇民化教育を通じた沖縄の人が日本に好意を持っていたことです。日本は手厚く私たちを守ってくれると。日本はその沖縄を捨て石にしました。
 戦争中だけでなく、戦後もずっとそうでした。小説に書かれた沖縄返還の密約もそうですし、米軍基地も、核の持ち込み疑惑もそうです。アメリカが本土を守ってくれる代わりに押しつけられたツケがすべて沖縄に回されました。

 私が沖縄を後にしてしばらく、本土の新聞・テレビでは米兵による少女暴行事件について、かけらも報道されませんでした。久米さんの番組で抗議活動が激しくなっていることを知ったのは、事件から10日くらいは過ぎた頃です。大規模な抗議集会が開かれ、基地縮小への政治的動きもありました。
 それからも沖縄についての動きはチェックしていました。妙なところでは、沖縄出身の有名な泡沫候補の本を読んでいて、冷静な政策集のはずが、沖縄の基地問題になると筆致が高ぶり政府への厳しい口調がところどころに出てくるところでした。かくいうその人も、米軍基地の土地収用のお金を選挙資金にしているのですが。沖縄のねじれた心境を表わしています。

 まだ戦争は終わってはいない、そして沖縄のことを私はまだまだ何もしらない、と、オリオンビールの恋しくなる季節に思うのです。


同じカテゴリー(書籍・雑誌)の記事
子ども読書の日
子ども読書の日(2020-04-23 06:45)

教養と伝える力
教養と伝える力(2020-04-17 16:21)

アイドル本三種盛り
アイドル本三種盛り(2019-06-04 16:12)


 
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
『運命の人』感想おまけ・OKINAWA
    コメント(0)