キングオブ庶民が見る浮世絵展

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 時間もお金もないなか、名古屋市博物館で開催されている「大浮世絵展」を観に行ってきました。東京でも好評を博した展覧会です。

 タイトルに偽りなしの、浮世絵がずらーっと並んだ展覧会でした。教科書でしか知らない絵、名前しか知らない作家の作品が多くあり、壮観としか言いようがないものでした。

 美術オンチの私でも、浮世絵だけは少しわかるのですが、それでも知らない絵師や作品もあり、勉強になりました。一般に浮世絵といって思い浮かぶものは「錦絵」という多色刷り版画なのですが、個人的には「北斎漫画」や喜多川歌麿などによる草紙のモノクロ挿絵が印象に残りました。

 というのも、庶民(町人)にとって気軽に手に入る絵の代表のように思えたからです。よく知られた話ですが、浮世絵は皇族・武家・寺社など一部の特権階級のものではなく、元禄町人文化で花開いたものです。役者絵はブロマイドやポスター、美人画はグラビア、風景画は雑誌のグラフ記事といったところでしょうか。当時の価格で一枚数百円くらいなのだそうです。キングオブ庶民を自任する私としては、一部の人たちに独占される芸術でなく、俗なところが垣間見られる絵に興味を覚えます。

 残念ながら目玉作品の菱川師宣「見返り美人図」や東洲斎写楽「大谷鬼次の江戸兵衛」は入れ替えのため見られませんでしたが、いろいろな事情のためしょうがないです。その代わり、多々の名作、しかも本物が目の前に居並ぶ様は圧巻でした。

 私が乏しい浮世絵の知識を披露しても底の浅さがばれるので、展示作品以外で思ったことを少々。浮世絵は肉筆もありますが、よく知られるもののほとんどは版画、しかも多色刷りです。画家がひとりで製作するのではなく、いろいろな人が手作業で印刷していきます。左の葛飾北斎「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」では8回も摺るのだそうです。

 ということは、印刷を何度も繰り返すので、紙も痛みます。ところが、展示された作品には痛みは見られません。紙質がかなり良かったのでしょう。今のように大きな製紙工場で作られたものではなく、紙漉きの技師が一枚ずつ手作りをしたことを思えば驚きです。もちろん、彫り師や摺り師などの職人の技術も非常に高いものでした。だからこそ、江戸時代の絵が現代でも非常に保存状態がいいまま残っており、私たちの目に触れることができるのです。

 日本の浮世絵はヨーロッパの印象画家や音楽家などに大きな影響を与えました。しかしながら、当時から日本の「ものづくり」(あまり好きな言い方ではないのですが)の技術が秀でていたからこそ、海外で通用する芸術となったことも忘れてはならないことです。

 少し前にアイドルグループ「スマイレージ」の和田彩花さんが「かわいい」をテーマに絵画を論じた本を紹介しました。美術畑の人たちからはどう思われるかわかりませんが、私は大変評価している論考です。そして、たまたまですが、別のアイドル――「AKB48」の倉持明日香さんなのですが、美術館巡りが好きだとラジオで言っていました。倉持さんの場合、まず、展示物の脇にある説明文を読むのだそうです。だから友達とは観賞のタイミングが合わず、主に母親と一緒に行くとのことでした。

 実は私も倉持さんと同じで、知識から入るタイプです。絵そのものの良さはわからないでしょう。和田さんの見方と同じく美術評論家からは邪道扱いされるでしょうが、もちろん、かまいません。誰が何と言おうと、それぞれの観賞方法があるのです。

 なぜって?浮世絵は当時のイラストレーションであり、グラビアであり、チラシやマンガです。肩の力を抜いてのんびり眺めりゃいいのです。

 あまりの膨大な真作の展示に頭も体も疲れ果てて、何度も会場のソファーに腰掛けました。その瞬間、かつてNYのメトロポリタン美術館へ行ったことを思い出しました。世界四大美術館の名にふさわしい常設展や日本の織部などもあった企画展など盛りだくさんで、しわの少ない脳みそがパンクしそうで、今回と同じようにくたびれ果ててソファーに座り込みました。

 そこが印象画などヨーロッパ近代絵画の部屋で、美術の教科書に必ず載っている絵画が並んでいました。額にはガラスははまってなく、隣では画学生が真作に向かってスケッチブックにデッサンをしていました。私の人生で、これ以上に幸福な気分を味わったことはありません。

 「大浮世絵展」、名古屋では5月6日までです。平日も人が多くいたので、GWは避けた方がよろしいとは思いますが……。