語られない言葉

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 静岡県御前崎市にある浜岡原子力発電所に行ったことがある。

 半径30メートル圏内にある市町の住民を対象とした原発の安全対策見学会があった。

 まずは見学施設、浜岡原子力館。パンフレットと実物大の模型で、原子力発電の仕組みを簡単に学ぶ。その後、遠州灘とのコントラストが美しい原発施設の全景を展望台から望む。

 目玉は中部電力自慢、海抜最大24メートルの高さを誇る防潮堤を見学する。テロ対策のためマイクロバスから降りられなかったが、打ちっぱなしのコンクリート防潮堤は、堤防というよりも、アニメ「進撃の巨人」を彷彿とさせる巨大な壁だった。

 だが、私は別のことが気にかかっていた。見学者を案内をした中電の広報マンは、一度も福島第一原発の事故を「事故」とは口にしなかった。

 一貫して「福島の『事象』」と話していた。

 浜岡原発には「福島の『事故』」は存在していなかった。

 10年前の今日のことを思い出す。

 「○○町はカイメツ状態です」

 NHKのアナウンサーがテレビで読み上げる言葉を聞いて、全身が固まった。「カイメツ」という言葉は、NHKのアナウンサーが決して使ってはならない言葉だからだ。

 放送禁止語リストにあるからではない。視聴者の不安をかき立てる言葉はプロのアナウンサーは用いないように心得ているからだ。

 ましてや日本語のお手本といわれるNHKだ。そのアナウンサーが「カイメツ」という、非常に強く、硬質で、救いのない言葉を多用した。尋常ならざる被害を想像して震え上がった。残念ながら、翌日の朝刊とテレビ映像で、その予感が当たっていたことを知ることとなる。

 逆に、語られなかった言葉があった。「メルトダウン」だ。

 震災の翌日3月12日、福島第一原発の原子炉建屋が水素爆発を起こした。全電源喪失というチンプンカンプンな言葉が聞こえた。冷却機能が壊れ、やがて消防車で放水されたとも報道された。理科系の勉強をサボっていた私にとっては理解のはるか彼方にあった。

 電力会社の紐付きの情報と、「放射脳」が煽る両極端の情報がネットで同時に流れてきて、何が真実かすらわからなかった。頼れるものは新聞とテレビの解説だが、「炉心溶融」という耳慣れない言葉が目についた。それが「メルトダウン」と同義であることすら知らなかった。

 「最悪の『レベル7』」

 「チェルノブイリに並ぶレベル」

 深刻さを知ったのは、事故から1か月後、新聞の白抜きの大見出しでだった。危機意識をあえてそぎ落としたメディア報道に慣れ親しんでいた私はひどく愚鈍だった。

 スリーマイル島やチェルノブイリの原発事故は、一応知っていたつもりだった。日本でも東海村での放射能漏れ事故があった(1999年)。だから、もし新聞記事やアナウンサーの原稿で「メルトダウン」と伝えられていたら。私の事故への受け止め方もかなり違っていただろう。

 だが、平和ボケしていた私は、政府がいつでも真実を隠そうとすることを忘れていた。太平洋戦争での大本営発表で、戦果や損失を水増ししたことと同じことを、66年後の平成の日本政府も行ったのだ。国民を目隠しして破滅へと導いたあの愚行を繰り返したのだ。

 それからわずか1年半で政権は交代した。「あの悪夢の民主党政権は」と馬鹿の一つ覚えで罵った次の首相は、公文書を隠蔽し、実直な公務員を自殺に追い込み、行政に交誼を持ち込んだ。体調不良を理由に逃亡した「地獄の安倍政権」は、今に至るまで説明責任を果たしていない。

 今の首相は、何の策も見通しもないまま2050年までに二酸化炭素の排出をゼロにすると大見得を切った。原発政策には図らずも太鼓判が押された。

 地元の静岡の新聞やテレビには、あんな大事故なんかなかったかのように、地元出身の歌手が出演する電力会社の広告が流れている。

 政府の言葉は信用できない。電力会社も、マスメディアも。

 私は10年間でそのことを学んだ。

 「事象」でなく「事故」だ。「炉心溶融」でなく「メルトダウン」

 まだまだあるだろう。

 あれからもう10年。でも、まだ10年。語られない言葉に耳を傾けよう。
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