珍しくなにもなかった日に

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 タイトルどおりです。仕事もなく、遊びに行きたいわけでもなく、雨が降っていたので、必然的にずっと家にいました。
 ネットをひまつぶしに検索したり、コーヒーを飲んだりしていました。
 本当に、何もしない日というのは久しぶりで、逆に時間の使い方に困ってしまったくらいです。
 えっ、ワールドカップってなんですか?

 そのついでといってはなんですが、昨日買ってきた本を読了しました。
 なかなか話題になっていて、売れ行きもいいらしい、後藤忠政『憚りながら』(宝島社)です。著者は武闘派・経済ヤクザとして鳴らした後藤組(山口組直参)の元組長で、現在は引退して仏門に入って映画制作などに関わっています。
 元暴力団組長が○○になった、という本は、いくつかあってあまり珍しくないのですが、インタビュアーがノンフィクション作家の西岡研介氏だと聞いて、つい手に取ってしまいました。西岡氏がJR東日本労組と革マル派とのつながりに迫った『マングローブ』(講談社)というノンフィクションは、恐怖を覚える名作です。

 で、本書の感想は、よくぞここまで取材対象に食い込んだな、というものです。
 「後藤組」といえば、裏社会に詳しくない私でも知っているほど世の中を騒がせた団体です。しかも、当地・静岡県内の団体ですから、そりゃ怖いです。
 その元組長だから、どんな内容だと思っていましたが、ざっくばらんです。どこと日本刀で切り合ったとか、創価学会の池田はどうだ、誰々はどうだとか、バブルの時にはあんな奴が周りにいただの、任侠映画では血まみれ・金まみれの描写になるであろう事実を淀みなく話します。もともとこんな親しみがあって肩の力が抜けている人だったのか、ここまで胸襟を開かせたインタビュアーと編集者の勝利です。

 読後は「組長」よりも「親分」のほうが似合うほど人間味が出てくる人ですが、主張にはあまり、というか、ほとんど同意できません。ところどころに箴言になりそうな言葉が挟まっているのですが、古臭い保守じいさんの説教とあまり変わりません。
 冷静に読むと、人心掌握術に長けていて親分になったわけではなく、実業家の祖父(静岡県にゆかりの企業を数多く興した人物)が遺した土地を整理して得た金で若い衆を引き連れて飲み食いさせていたわけです。それも上に立つ者の資質といえばそれまでですが、男に男が惚れるといった、高倉健に見られる古き良きイメージとはかなりかけ離れています。
 若いころの貧乏体験が糧になって出世したとも読めますが、のちに経済事件で「後藤組」の名前が独り歩きしたと本書にあることと無縁ではないでしょう。本人は快く思ってなくて苦笑していますが、金を武器にしてのし上がったわけですから、それもまた仕方のないことでしょう。
 偉そうなことを言っても、しょせんヤクザはゼニカネの世界からは抜け出せないのでしょう。

 でも、主張はともかく、なかなか面白く、掘り出し物の一品でした。
 冒頭で、「しょせん俺は、ひとりのチンピラに過ぎなかったんだな……」と謙遜していますが、私が知る、組にも入れないチンピラまがいとは全く違う人です(経験上こういう奴らと本職は全然違うというのは知っている)。
 暴力団関係や裏社会などの本はいくつもありますが、元親分がロングインタビューに応じて普段着でしゃべるものはあまりないでしょう。内容も難しくなく、インタビュアーによるわかりやすい補筆もありますので、詳しくない人にも面白く読めるので、記録性や資料性よりも、エンタテインメントとして優れています。
 値段は1500円。コンビニでどこまでホントかわからない実録モノの廉価版マンガ3冊買うのだったら、こっちをおすすめします。嫌な梅雨だけど、こういう、普段あまり手に取らない本を読むこともできるのはいいことだとポジティブに考えましょう。


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