シューカツ戦線異状あり

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 その昔、私も「シューカツ」なんてものをやりました。ひとりだけジーンズにセーターで一次面接に行ってなぜか通過し、人事の方からご丁寧に「次はスーツで来てください」と電話を受けたりしました。結局そこは辞退し、会社は別のところに吸収合併されましたが、今でも好意を持っています。
 別のところでは、9月の残暑が厳しい中、やはりひとりだけ上着を脱ぎ、30分以上待たされたときにはマンガを読んでいました。幾度となく「面接以外のところも採否の参考にします」と言われましたが、マンガを読んではいけないという法律はありませんし、くそ暑いときに上着を着てはいけないというのは非合理です。文句言われたら「御社は外見で判断するのですか?見た目で差別するのですか?」と反論しようと思っていましたが、たった一枚の紙きれで不採用となりました。
 また別のところでは、面接官が非常に態度が悪く、「君が何言ってるのかわからないんだけどー」とか嫌味に話し、けんか腰の討論となった挙句に退場を言い渡されました。プロ野球の監督ならば珍しくはありませんが、学生で退場処分となったのは私だけでしょう。
 ちなみにそこの人とは「○○○○法の第一条を言ってみろ」「言えるわけないでしょう」「ほうらみろ、あんたの勉強不足だ」なんてやり合いました。もしその面接官が車を運転する人だったら、道路交通法の第一条を言えるのでしょうか?言えなくても運転には支障がないのに。
 いずれの企業とも、「あなた方が学生を選ぶのと同じく、こっちも就職先を選んでやるんだ」と思っていました。そんな学生、採りたがるわけありませんよね。でも、今でも決して思い上がりとは思っていません。

 そんな嫌な思い出しかない「シューカツ」ですが、苅谷剛彦・本田由紀編『大卒就職の社会学』(東京大学出版会)という本を読みまして、「今の学生はもっと大変だな~」なんて、のんきな感想を持ちました。
 この本は東京大学の教育社会学者が中心となった「就職研」の共同研究の成果です。学生向け就職ハウツー本ではありませんし、採用の非合理性を声高に主張するフニャフニャした新書とも全く異なる、しっかりした論文集です。複雑な統計手法を用いた数理分析もあれば、学生や企業からの聞き取り調査あり、時代ごとの言説の変遷を見ていく調査もあります。ですから研究者以外には読んでも実益にはなりませんし(一見さんおことわり)、研究者にとっては批判的に読むことを要求される本です(ケチを付けるという意味ではなく)。
 で、一般人と研究者の間のコウモリのような私としては、「現在の学生はホント、大変だな~」という、間抜け以外の何物でもない感想を持ちました。

 別にバブル時代と比べて採用枠が少ないとか、そんな単純な話ではありません。経済環境が厳しくなった今、企業は新卒採用を厳選しています。かつてのように「東大・早慶だから採用」「××大?問題外」というような学校歴による選別や、大学研究室からの推薦なんて通用しません(例外あり)。
 代わって求められるのが、「コミュニケーション能力」だの「リーダーシップ」だの「協調性」だの、そんな可視化できない能力です。本田由紀先生が「ハイパー・メリトクラシー」と呼んでいるものです。こんなもの、簡単にわかるわけありません。かくして採用活動の長期化・厳選化が進みます。
 そんな中にたかだか20歳そこそこの学生がさらされるのだから、たまったものではありません。気力も、体力も、経済力も要求される、消耗戦になります。

 本の中に、「自己分析」についての論文があります。よく使われる「自己分析」の意味するところを子細に追ったものですが、自分のことを振り返ってみると、20歳過ぎたばかりの青い学生が、「私は○○な人間です」なんて、わかるわけないのです。言えたら逆に気持ち悪いです。
 就職ハウツー本『絶対内定』の著者、杉村太郎氏(この人が就職活動で「自己分析」という言葉や手法を広めたと記憶している)は、就職のセミナーのようなものを主宰していたそうですが(今も?)、その内容は学生を精神的に追い詰める自己啓発セミナーそのもので、学生時代にこの人のエッセイを読んで吐き気がした思いがあります。
 その「自己分析」なるものをやってきたのか、ツラツラとよどみなく面接で自己紹介を話す学生がいます。私はそういう学生を見るたびに、気の毒だと思います。この人たちは、人間ではありません。「就活生」という機械になるよう調教されてしまったのでしょう。

 これは多くの企業の採用担当者が思っていることでしょうが、就職活動(新卒も既卒も中途入社も)は、企業が学生などを選ぶ場であり、同時に学生が企業を選ぶ場です。卑屈になる必要などありません。そして、驕ってもいけません。
 私の知っている女性が、静岡県西部の金融機関の入社試験で「女はダメだ」「女は○○だから」とさんざん侮辱されて、それ以来、そこの金融機関は絶対に使わないと言っている人がいます。
 「どんなに急いでいるときも、そこのATMには行かない。たった105円の手数料さえも払いたくない。車を飛ばして遠くの『えんしん』や『いわしん』に走る」
 とプンプン怒っていました。
 私はその方に大恩があるので、私も同じようにその金融機関は使っていません。そんな話は山ほどあります。逆に、試験で落とされたけど、面接官が親切だったからその企業は今でも好きだという人もいます。

 この時代、企業を選り好みできるほどの余裕はありませんし、私自身ノイローゼになったくらいで思い出したくないことだらけなので偉そうなことは何も言えませんが、最低限の矜持くらいはあってもいいと思います。
 少なくとも、「エントリーシート」なんて、学生をレースカーや競走馬扱いするものを出させることに疑問を持ってほしいとも思うのです。企業もそういう骨のある学生を雇ってみてもいいのでは?大化けするかもしれませんよ。



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