知人の再就職を祝えない理由

カテゴリー │書籍・雑誌

 知人が再就職したとの報がありました。ひとまず、よかった、よかった。
 その人はIT関連会社に勤めていたのですが訳あってやめ、アルバイトをしていたのですが、医療関連の会社に正社員として雇ってもらえるとのことです。女性の再就職は難しいと言われていますが、能力と努力を知っているだけに、正当な地位と報酬が得られる職に就けたのはよかったと思っています。
 その一方で、ちょっと心配なこともあるのです。いや、彼女個人のことではなくて。

 悪質な企業にとって、「正社員」とは、馬の鼻先にぶら下げたニンジンの役目を果たしています。非正規雇用が多数を占めるようになって、安定した職を求める人を効率よく集めるために、「正社員登用制度あり」と募集に打つのです。これならば昇給や昇進などコストをかけることなく人材を集められます。その内実は体のいい使い捨て労働力だったりします。
 別の事例では、最近問題となった「名ばかり管理職」があります。日本マクドナルドの社員が起こした裁判がきっかけで注目されましたが、業界紙を斜め読みすると、外食産業以外でも山ほどあるようです。しかも、たくさんCMを流している大手量販店が目立ったりします。

 正社員が長時間・低賃金労働に喘いでいる理由は、国策です。旧日経連の「雇用ポートフォリオ」では「①企業でコアな人材となる長期雇用(正社員)、②必ずしも長期雇用を前提としない専門スキルを持つ社員、③職務に応じて柔軟に対応できる有期雇用契約(非正社員)」の三つに分類され、企業は正社員を非正社員化していきました。さらには新自由主義への移行で、規制緩和が進み、派遣業法が改正され、単純労働分野でも派遣社員が増え、違法な労働行為が横行していきます。
 非正規雇用化を進めたシワ寄せは、残された少数の正社員にまわってきます。彼ら彼女らは長時間労働やサービス残業を強いられ、過密労働に耐えられなくなって辞めたり、心を病んだりします。
 就職氷河期に正社員になった「名ばかり正社員」たちを取材した小林美希『ルポ“正社員”の若者たち』(岩波書店)には、そのところが、もうすこし詳しく書かれています。

 この本は、力の入ったものではありますが、ルポルタージュとしてはあまり出来のよいものではありません。「就職氷河期」と「正社員」を組み合わせた最大公約数を集めたインタビューで、深さや筆者独自の視点もあまりありません。
 高卒で運送会社のドライバーになった人も出てくれば、エリート学生からやり手の量販店社員となり、語学を生かして専門商社に転職する人も出てきます。同じ「正社員」といっても、条件が違いすぎて参考になりません。
 また、情報産業の編集職の話も出てきますが、華やかに見えるマスコミでも、放送プロダクションや編集プロダクションの待遇の悪さや過酷な労働条件は昔からの話です。制作費の削減で以前よりさらに厳しくなった面もあるのでしょうが、でも、就職氷河期特有のものではありません。
 中に出てくる言葉もやや気になりました。「ずっと売り子さんのままで、休みも月に一日しかない」「“たんなる修理屋”から抜け出し」……。「売り子さん」や「たんなる修理屋」のどこが悪い!豊かな消費社会を享受できるのも、「売り子さん」がいるからだろう。パンクの修理ひとつできない機械オンチにとって、「たんなる修理屋」の存在がどれだけありがたいか。いずれも著者の言葉ではなく、被取材者の言葉ですが、悲惨な正社員のなかにコッソリ潜む差別意識と選民思想を見せ付けられることで説得力をやや失っていると感じました。

 そんななかでも特筆されるのが、やはり看護職や介護職の劣悪さです。阿部真大『働きすぎる若者たち』(NHK生活人新書)にも詳しくありましたが、低賃金で人材が不足していても目の前に要介護者がいればケアし、体は壊すしバーンアウトしてしまうというひどさが現実にあります。非常にショックだったのは、介護職や看護職の女性に流産経験者が多いとの記述でした。妊娠しても仕事を辞められず、「トイレで子どもが流れてしまった」(原文そのまま)という話は「度々耳にしていた」(これまた原文ママ)とのインタビューもあります。
 妊娠といえば、子どもができたのをきっかけに、退職勧奨されることも載っていました。そちらのほうが一般的には多いでしょう。もちろん労基法・男女雇用機会均等法違法です。企業名は伏せられていましたが、読めばすぐにわかります。これが「夢と魔法の世界」の現実です。

 こういったリポートを見ると、「失われた10年」で、企業性善説は完全に崩壊した感があります。共産党の人気が盛り返していると時折言われますが、もっともな話だと思います。もはや私企業は国有化して、管理・管轄する官僚だけが丸々肥るといった、旧ソ連や北朝鮮のようになるしかないのでしょうか。
 とりあえず、知人のキャリアライフが幸せであることを祈ります。


同じカテゴリー(書籍・雑誌)の記事
子ども読書の日
子ども読書の日(2020-04-23 06:45)

教養と伝える力
教養と伝える力(2020-04-17 16:21)

アイドル本三種盛り
アイドル本三種盛り(2019-06-04 16:12)


 
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
知人の再就職を祝えない理由
    コメント(0)