プロフィール
 ▼芸能問題総合研究所首席研究員。静岡県西部を拠点に、アイドルから政治まで、さまざまな芸能事象を研究・分析する。メールは下の「オーナーにメールする」欄か 「eri-teru☆cameo.plala.or.jp」 (☆を@に変えてください)よりお願いします。  ▼コメント・トラックバックは大歓迎ですが、内容に無関係のもの、宣伝や広告を目的としたもの、ポルノや出会い系サイト、犯罪を助長するなど不適切なものは削除します。  ▼またトラックバックは管理人が承認した後に表示されます。承認の可否は上記に従います。
オーナーへメッセージ

2012年05月13日

「連続クイズ ホールドオン!」の予選に行ってみた

 以前「アタック25」の予選に行ったという話を書いたら「アタック25」「予選会」で検索して来てくれた人が大勢いたのですが、今回もそうなるかな?
 はい、表題通りです。NHK総合テレビで放送されている「連続クイズ ホールドオン!」の名古屋予選に行ってきました。

 ……って、この番組、知ってますか?
 今年の4月から始まったばかりの視聴者参加クイズ番組で、非常に地味です。
 もともとフランスの人気番組だったのをNHKが買い付けた(?)のがこの番組です。
 ネットでは「古風」とか「昭和の匂いがする」と書かれていましたが、たしかに現在のテレビで純粋な視聴者参加クイズは成立しにくいです。
 これが民放だったらお笑いタレントやおバカキャラや一流大学を出た頭脳派芸能人を並べてドンチャン騒ぎをするところでしょうが、竹内陶子アナウンサーと山口智充さんが淡々と進めていくという、素人出演者を主役に据えた、NHKでなければできない番組です。
 しかも裏番組が「ライオンのごきげんよう」「上沼恵美子のおしゃべりクッキング」「ヒルナンデス」という強豪ぞろいですからね。
 私だって、昨年夏の特別番組をちらっと見ただけで、レギュラー化するとは思ってもいませんでしたから。


 ダメ元でネットで申し込んで、当選メールが来たのが4日前。
 あわててクイズの基本問題集(今は「ベタ問」と言うらしい。簡単に言うと「試験に出る英単語」のようなものです)を引き出して、当日の朝までやってました。
 そして行きの電車の中で「日経エンタテインメント」をメモを取りながら読みふけりました。まわりの人はきっと怖かったでしょうね。

 NHK名古屋放送局のスタジオに集まった人は約50人。「ここで『中学生日記』が撮影されていたのかな~」なんて想像するとちょっと感慨が深かったです。
 名古屋は知る人ぞ知るクイズ処なので、濃いクイズマニアばかりだと思っていましたが、上品な白髪の紳士やエリートビジネスマン風の方、近所にいそうなおばさん、高校生かと間違えそうな若い女性など、全然予想と違っていました。
 最初にペーパークイズがありましたが、正直言ってかなり難しく、7割できていればいいかな、という体たらくでした。

 続いて6~7人で集団面接。これがすごかった。
 もう、みんな個性が強すぎ。
 しかも、引いてしまうようなあくの強い個性ではなく、人を惹きつける魅力を持つ人ばかりです。
 プライバシーの問題で詳しくは書けませんが、旅行で世界中を飛び回っている人、向学心あふれる人、趣味を福祉関係のボランティアで活かしている人、オタクだけど明るく友達が多くて楽しい人などたくさんいました。
 しかも自己PRというかプレゼンテーションが上手です。練習したというよりも、元々社交的で、こういう人たちの周りには自然に人が集まってくるんだろうと思わせる方ばかりでした。
 私なんか、例によって痛いアイドルや政治の話をしてしまってプロデューサーさんが呆れていましたからね。

 実は、ここがこの番組のミソなのです。
 公式サイトでもほのめかされていますが、この番組は、クイズの皮をかぶった「NHKのど自慢」なのです。
 母に付き合って毎週「のど自慢」を観ていますが、出場者は必ずしも歌が上手い人ばかりではありません。
 でも、人間味あふれる人ばかりです。しかも、会場や視聴者を嫌な気分にさせない魅力を持った人ばかりです。
 司会のアナウンサーも、そんな素人参加者を引き立てたり盛り上げたり、失敗した人をやさしくフォローしたりしています。
 これが民放の番組だったら目も当てられないでしょう。タレントが自分だけ目立とうとしたり、参加者を意地悪くいじったり、余計な演出を加えたり。
 「ホールドオン!」の放送も、ぐっさんや竹内アナの司会は安心して観ていられます。「昭和の匂い」って書きましたけど、平成のテレビは騒々しくてイヤな刺激が多すぎるのです。

 というわけで、「ホールドオン!」も末永く盛り上がってもらいたいと思っています。
 スタッフの方によると、視聴率も少しずつ上がってきているようです。
 我こそはという方は、番組サイトから申し込めますので、チャレンジしてみてください(「NHKネットクラブ」というウェブ会員のプレミアム会員になる必要があります。ちなみに無料)。

 え?予選の結果?

 「次回作にご期待ください」かなぁ……。  

Posted by 大橋輝久 at 06:45Comments(0)TrackBack(0)放送

2012年04月28日

吉岡亜衣加さんのサイン会に行く、の巻

 浜松のアニメショップが移転新装開店したので、のぞいてきました。
 ときどき行ってたんですよ。あまりアニメに関心はないのですが(ということにしておきましょう)、どんなポップカルチャーが流行なのか、品ぞろえや販促展示物をざっと眺めるだけでも勉強になるのです。
 で、オープン初日ということで、アニメ歌手の吉岡亜衣加さんが「一日店長」で来店、ミニライブとサイン会がありました。

 私はまったく存じ上げなかった方なのですが、吉岡さんは当地・静岡の掛川市出身で、ゲームやアニメの「薄桜鬼」(はくおうき)シリーズの主題歌などを歌っている、人気シンガーソングライターだそうです。
 一般的にはまだまだ知られていない存在ですが、それでも会場にはファンや通りすがりのお客さんが大勢いて、サイン会にも100人を超えるファンが並びました。
 なぜか私も最後尾に付きました。
 女子中高生が大半の中に40近いオッサンがひとり。
 これは辛い!あまりにも辛い!
 私、思わず吉岡さんに言っちゃいましたから。
 「最後にこんなオヤジですいません」
 って。

 他のファンに気を利かせたつもりで最後尾になったのですが、逆に長く話しました。
 「アニメ歌手ってなるの難しいんじゃないですか?なりたいっていう人、すごく多くないですか?」 
 と伺うと、自分の場合は運がよく、周りの人が導いてくださったと話してくれました。
 謙遜でしょうが、口調や顔つきから、才能や努力だけではどうにもならない、運や縁が必要な厳しい世界なんだろうなーと想像しています。
 「地元にいたときから歌手になるための特別なトレーニングなどをしてたのですか」
 とも伺ってみました。
 (「ロイ高〈袋井高校〉の演劇部でしたよね」と水を向けると「どうして知ってるんですか」と驚いてました。すいません、Wikipediaでさらっと下調べしただけです)。
 静岡のほうでは特にトレーニングは受けておらず、東京の専門学校に通ってからレッスンをしていたとのことです。

 とまあ、ここに書いた以外にも吉岡さんの熱烈なファンに絞め殺されそうな話をしてきたのですが、彼女の話を聞いて、これまでの話がちょこっとだけ変わりました。
 私は安易にアニメの声優やアニメーターを志すのはやめるべきだとしつこく書いてきました。
 人生の大事な時と少なくない授業料を競争率が激しい職業に賭け、金勘定しか頭にない専門学校にむしり取られ、将来の保証はまったくなく、運よく就けたとしても手にする対価はその仕事に見合ったものよりはるかに少ないという、不条理の極みのような仕事です。
 ご丁寧にも、アニメショップの袋に、購入したCDと一緒に、声優養成所のチラシが入っていました。当然ですがいいことしか書いていません。出身の売れっ子声優の体験談が掲載されていましたが、その陰でどれだけの声優の卵が孵化せずに夢をあきらめてしまうかは触れられていません(それでもまだ良心的な養成所なんですよ)。

 でも、どんなに才能があってがんばっても、運や機会に恵まれないとそれで終わりです。
 ましてや歌手や声優は口や喉など身体的なものもあり、個人の努力ではどうにもならないこともあります。
 これはどの職業にも言えることでしょう。
 吉岡さんのように、高校卒業まで専門的なレッスンを受けてなくとも後天的な努力で人気アニメ歌手になれる人もおり、片や才能あふれる人や早くからトレーニングをしている人でもほんの少し星の巡り合わせが悪いだけでチャンスを逃す人もいます。
 人知を超えた神のみぞ知る領域に、赤の他人が口出しすることではありませんし、傲慢かもしれません。
 それに、挫折したからこそ得られる経験もあるでしょうし、最初の希望とは別の道で大成する人もいます。

 情熱あふれる若い人は、他人が何と言おうと前に突き進みます。
 それに、今成功しているように見える人だって、内心は不満かもしれませんし。
 吉岡さんも、本当はゲームやアニメの曲が嫌いで、サイン会に来た人たちに心の中で「なんでオタクなんかに……」なんて毒づいているかも……、いや、それはない!絶対にないぞ!

 ともあれ、地元出身の歌姫の活躍をお祈りしたいと思います。ご本人はCDジャケットの写真よりももっと気さくな雰囲気で、「きれいなお姉さんは好きですか」のCMに出てきそうな方でした。応援よろしくお願いします。


 「大橋輝久さま」とサインしてもらったCD(左)と、「掛川お茶大使」を務める吉岡さんがパッケージデザインした掛川茶のサンプル(右)
 (クリックすると拡大します)

  

Posted by 大橋輝久 at 21:04Comments(0)TrackBack(0)音楽

2012年04月22日

ももクロ!

 アイドルグループ「ももいろクローバーZ」のライブビューイングに行ってきました。コンサートを映画館で中継して大勢の観客と楽しめるというものですね。
 私は初めての体験だったのですが、モザイク模様の妙な感覚でした。
 若い男の人が多かったのですが、女性グループもおり、中年のオジサン一人で来ていた人もおり(あ、私もそう見えるか)、カップルや小さな子どもを連れたお父さんなど多彩でした。
 観客の反応も、真正ファン(モノノフと言うらしい)はタオル首に巻いてサイリューム(昔でいうペンライトのようなもの)振ってコールしてましたが、普通の恰好でスタンディングしてた人、座ったままサイリュームだけ振ってた人、頬づえ突いて評論家気取りで悦に入ってた人(あ、これも私だ)、黙ってスマホを操っている人(いいのか?)など、いろいろいました。
 これは映画館というスペースでライブを観ているゆえの混乱で、最後まで慣れないものでした。

 コンサートの内容は、非常によくできたショーでした。
 ネットの感想を渉猟すると、昔からのファンは過剰演出に不満げそうでしたが、私にとってはいい意味で驚きの連続でした。
 特別ゲストが次々と登場しましたが、芸能界の重鎮たちにまったく食われてない5人の少女の存在感は立派でした。
 不満を漏らすファンは、おそらく、小さなライブハウスで活動していたインディースバンドが大きなコンサート会場を満杯にするくらい大きな存在となり、自分の手が届かなくなったような淋しさがあるのではと想像しています。

 「ももいろクローバー」(のちに「~Z」、略称ももクロ)も、そんな存在だったのです。
 よく知られた楽屋話ですが、ももクロは大手芸能プロダクションのスターダストプロモーションが選りすぐった人材で結成され、さらに磨きをかけたアイドルグループです。
 従って、高いクオリティで完成されたパフォーマンスを魅せるグループです。
 あるサイトで、路上ライブや家電量販店の営業からアリーナでの大コンサートをするまで上り詰めたと書いてありましたが、そういう「物語」を演じることができるアイドルです。
 ウソだってことじゃないですよ。受け手の欲求をそれだけ忠実にこなせて満足させる能力があるってことです。
 例えるならば、宝塚歌劇やドリフターズの「全員集合」や、安室奈美恵、SPEEDのような存在です。

 そして思いは同じグループアイドルのAKB48にいくのです。
 AKBは完成された歌や踊りを提供するアイドルではありません。素人の若い女の子を集めて、アイドルとして成長していく「過程」を提供していきます。
 彼女たちのパフォーマンスは芸能人として驚くほど低いです。でも、ファンは彼女たちが喜んだり悲しんだり驚いたり泣いたりする「過程」を共有することで、共に成長する「幻想」を抱き、応援していきます。
 別に目新しい手法ではなく、「スター誕生!」から続く王道です。
 そんなのが長続きするわけがありません。

 アイドルは生身の人間ですから、人生をまるごと消費させられて、飽きられるか壊れるかです。
 代わりはいくらでもいます。いま大人気のあの人も、誰もが知ってるこの人も、10年後にはどれだけの人が覚えているか。そのときには新たなアイドルがキラキラした衣装をまとってスポットライトを浴びています。
 だいたい、中心人物が抜けたらそのグループは例外なく急速に勢いを失っていきます。
 そんな光景をずっと見てきました。伊達に四半世紀アイドルマニアをやってるわけではありません。

 ももクロに戻りますが、彼女たちのパフォーマンスを見て、安心したのです。
 ああ、彼女たちは「芸」を売ってるんだなー、人生や人格を売ってるのではないんだなー、と。
 先に挙げた宝塚歌劇出身の女優やドリフやアムロちゃんやSPEEDのように、何十年も活躍できるアイドルに育ってくれるかなー、と思っています。こりゃハマる人が続出するわけだ。

 ももクロ横浜アリーナライブ、2日目もあります。映画館ならばまだチケットあるようですよ(10時30分現在)。

 ☆参考文献
  大塚英志『「おたく」の精神史 一九八〇年論』(講談社現代新書) 岡田有希子の項目を参照。
  綿谷りさ『夢を与える』(河出書房新社) スランプ期の著者の長編。現在どの学者や評論家よりもビビッドにアイドル論を展開する。  

Posted by 大橋輝久 at 10:40Comments(0)TrackBack(0)音楽

2012年04月22日

ゴールデンウィークに考えたあれこれ

 (注・以下の文章はゴールデンウィークに考えたものです)
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 みなさん、ゴールデンウィークはいかがお過ごしでしたか?
 私は後半は風邪引いて遊びに行けませんでした。
 悲しいです。
 ずっとネットや読書ばかりやってました。
 それでも、連休中に考えたことをつらつら書いていきたいと思います。

 少し前に、若者が集まる討論番組で、
「10年後の日本はどうなっていると思いますか?」
 との視聴者からの質問がありました。
 漠然過ぎてあまり議論にならなかったのですが、そのときに何となく思ったのは、
「10年後の日本は、1930年代のドイツのようになっているだとう」
 ということです。

 ちょうど憲法記念日に、ツイッター上で大反響だった話題があります。橋下徹大阪市長率いる「大阪維新の会」がぶちあげた「教育家庭支援条例案」です(注・後に撤回)。
 いろいろな論点がありますが、大きな批判を浴びたのが、第4章「発達障害、虐待等の予防・防止です。
 とにかく、リンク先を読んでみてください。法律用語が使われているとはいえ文面は難しくなく、特に子どもを持つ親には身近な事柄なので、すんなりと理解できるでしょう。

 あえて個別の問題点については触れません。学者や福祉士や医師など専門家から障害児を持つ普通の親御さんまで、いろいろな立場の人が強く反発しています。
 私がすこぶる不快だったのは、障害を予防」「防止」「改善」するという文言です。
 すなわち、大阪維新の会は、障害=悪との前提で、この条例案を作成したのです。

 ナチス・ドイツが強制収容所にブチ込んだのは、ユダヤ人だけではありません。障害者や同性愛者も収容され、ガス室で殺されました。
 そこには、自分たちと異質なものを徹底的に排除しようという強い意志がありました。

 もうひとつ、異質な人たちをことごとく排斥しようという団体についての本を連休中に読みました。
 ジャーナリストの安田浩一氏による『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』(講談社)という、ノンフィクションの労作です。
 「在特会(在日特権を許さない市民の会)」とは、桜井誠会長のもと、会員数1万人以上を誇る、異色保守系市民団体です。
 韓国人や中国人を口汚い言葉で怒鳴り倒し、フィリピンの違法滞在の一家や朝鮮学校に押し掛けて子どもたちを罵り、徳島県の教職員組合に乗り込んで暴れたり叫んだりして逮捕されています。
 活動の一部始終はビデオカメラで録画され、ネットの動画サイトにアップされ、それを観て刺激を受けた人が入会することもあります。
 著者は、彼らに疎まれながらも街宣活動について行き、会員にインタビューをしています。

 安田氏は、昨年ネットから自然発生したフジテレビへの反韓流デモに参加した「普通の人々」とからめて、こう書いています。

 「フジテレビ問題など、あくまで一つのきっかけにすぎない。日頃から抱えている「日本が危うい」といった危機感が、これだけの規模のデモを引き起こしたのだろう。」(p.311) 
 「繰り返し述べたい。在特会は「生まれた」のではない。私たちが「産み落とした」のだ。」(p.313)

 同書の緻密なルポやインタビューにくらべて、何と凡庸なフレーズでしょう。
 桜井会長のルーツを丹念に取材し、多くの会員へのインタビューを重ね、朝鮮学校への抗議を依頼した人や資金源となった人も突き止めた渾身のノンフィクションなのに、左派メディアでも今どき用いない「軍靴の音が聞こえる」と同じくらい手垢のついた言葉でまとめるのがあまりにも残念でした。
 金銭的にも社会的立場でも不遇な若者が不満の矛先を外国人など他者に向け排斥するというのはドイツのネオナチなどヨーロッパの極右勢力の台頭の原因を表すのによく用いられることですが、同書も似たような紋切り型の結論に堕ち込んでしまったようです。
 でも、案外、そんな単純なところに真実があるのかもしれません。

 著者の安田氏がフロム『自由からの逃走』を援用しているので、私も古典からちょっと引用。
残念ながら私はあれやこれやいろんな理由から、どうも悪い予感がしてならないのだが、一〇年後には反動の時代がとっくに始まっていて、諸君のうちの多くの人が――正直に言って私もだが――期待していたことのまずほとんどは、まさか全部でもあるまいが、少なくとも外見上たいていのものは、実現されていあにであろう。――これは大いにありうることで、私はそのことを知ってくじけはしないだろうが、もちろん心の重荷にはなる――その時、私としては諸君の中で、今日自分を純粋な「心情倫理家」と感じ、今の革命という陶酔に加わっている人々が、内的な意味でどう「なっているか」、それが知りたいものである。(中略)しかし現状は違う。現在どのグループが表面上勝利を得ていようと、いまわれわれの前にあるのは花咲き乱れる夏の初めではなく、さし当たっては凍てついた暗く厳しい極北の夜である。(後略)
 1919年、ドイツの社会学者マックス・ウェーバーが行った講演『職業としての政治』(脇圭平訳・岩波文庫)より抜粋しました(またかって言わないように)。
 ワイマール憲法下でナチスが躍進し、アドルフ・ヒトラーが総統に就任したのが、それからわずか15年後の1934年です。
 パソコンのブラウザで上滑りしながら踊る「ダイバーシティ(マネジメント)」なんて言葉を眺めながら、そんなことを連想した休日です。
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 といったことを考えていたんですが風邪でずーっと寝込んでました。もうやだ。
  

Posted by 大橋輝久 at 10:40Comments(0)TrackBack(0)社会

2012年04月19日

「便利屋」という才能

 発売と同時に書店から姿を消し、入荷まで2週間待たされた「ビジネス書」を紹介します。
 仲谷明香さんという人が書いた『非選抜アイドル』(小学館101新書)という本です。
 「ナカタニ・アキカ」さんではありません。「ナカヤ・サヤカ」と読みます。
 この仲谷さんは、現在人気絶頂のアイドルグループ「AKB48」の第3期生で、柏木由紀や渡辺麻友らと同じ古参メンバーです。
 えっ?そんな人知らない?
 そりゃそうでしょう。第1回から3回までの「選抜総選挙」で、ずっと選外だったのですから。


http://www.youtube.com/watch?v=7iLcZOEVuGA
 ↑この映像で過呼吸でゼェゼェいってる前田敦子の隣で涼しげな顔をしているのが著者です。

 著者は同期の柏木や渡辺とは違い、アイドルにまったく興味がなく、なりたいとも思っていなかったそうです。
 彼女はアニメが好きで、声優になることを夢見て、声優養成所に通っていましたが、家庭の事情であきらめざるを得ませんでした。
 そんなときに、中学校のクラスメイトの前田敦子がAKB48に入ったことで関心を持ち、レッスン料が無料だと聞いて「ここでなら声優になれるかもしれない」とオーディションを受け、合格しました。
 猛レッスンの後に秋葉原の専用劇場でデビューしましたが、辞めていく人も多く、また、人気が出ないメンバーは「卒業」させられていきます。
 同期生が半分近くいなくなり、いよいよ次は私か、と追い詰められたとき、彼女は「便利屋」、すなわちメンバーの代役を積極的に買っていきます。

 AKBはどれだけ大きくなろうが、秋葉原の専用劇場が拠点です(そのあたりも同書で詳述されています)。ですから人気が出てテレビや雑誌など別の仕事に引っ張られるメンバーがいると、穴が開きます。また、活動そのものも過酷ですから、体調を悪くするメンバーも出てきます。 
 著者は人気取りを捨てる代わりに、秋葉原の公演を重視するようにしました。そこで、穴を開けそうな他のメンバーの代役(専門用語で「アンダー」)をするようになりました。
 そのうち、スタッフの間で「代役と言えば仲谷」と言われるまでになりました。

 この「戦略」を読んで、目を見開かされました。なぜなら、私の周囲にいくつも心当たりがあるからです。
 私のいた小さな会社でも、認められて大きな仕事を任せられていくのは「便利屋」でした。
 シフトに入ってくれる人が誰もいないときや急遽大量の仕事が重なって人手が足りないというときに「××さん、○月△日って空いてる?」とダメ元で聞いて「いいですよ」と返事をしてくれたときは、「あー、女神って本当にいたんだ」と涙が出そうになりました。
 そういう「便利屋」を繰り返すうちに、誰もがその人を頼って、仕事の経験値も上がり、いつしか職場や団体の中心人物になっていきます。

 かくいう私も「便利屋」でした。最初の会社で、大学時代の志望とは全然違う業種に付いたとき、心に決めたことは「NOは言わない」ということでした。
 新人の私がわかることなどないのですから、先輩に怒鳴られ、下働きや雑用を言い付けられ、急な残業や休日出勤にも笑顔で応えました(ヒマだったというのが理由ですが)。
 そのうち豪放磊落な社長や職人気質の工場長や気難しい先輩社員にもかわいがってもらえ、同期の従業員は私だけになってしまいました。
 「課長 島耕作」のような大企業とは縁がないのでわかりませんが、私がいたような小さな職場にとっては「便利屋」は必要不可欠なポジションです(私の場合、戦略なんて考えていなかったのですが)。

 同書にはもうひとつ、特に経営者にとって、示唆に富む箇所がありました。
 AKBで恒例となった「選抜総選挙」の後の話です。誰がどのくらい人気があるか、数字で明示されてしまう、非常にプレッシャーの大きいイベントで、ランキング圏外だった著者も、グループを追われてしまうのではと不安だったそうです。
 ところが翌日から、何もなかったかのように、いつもと同じ日常が始まりました。むしろ周囲の眼差しが暖かくなったと言います。
 著者はAKB48の魅力のひとつに「懐の広さ」を挙げます。選ばれた人も、そうでない人も、存在を認められるアイドルグループというのは、部外者からすると意外な気がしますが、考えてみればそうでもありません。 

 この社会はいろいろな人で成り立っています。
 フィクションの世界では「水戸黄門」では助さんや格さんだけでなく、食いしん坊でお調子者の八兵衛がいてのご一行様ですし、「男はつらいよ」では短気でケンカっ早くてすぐどこかに行ってしまうハタ迷惑な寅さんが主人公です。
 会社組織もそうです。山口六平太や「釣りバカ日誌」のハマちゃんなど、一見パッとしない人がいてこそ潤滑な組織運営になります。
 日本は「失われた20年」で成果主義が導入され、短期的な利益を挙げざるを得なくなりましたが、組織としてのダイナミズムが大きく削がれました。悩んでいる経営者は一読の価値ありです。

 同書は正直うまい文章ではありません。
 悪文といってもいいでしょう。長い文章を書きなれていない大学生が初めて原稿用紙に向かったゼミ論文のような、精いっぱい背伸びして知的なことを考えてみましたという努力が至る所に見えます。
 たぶん、編集者がわざと朱を入れずに素人臭さを押し出したのでしょう。
 ですから、引っ掛かりはあれども、難しくはありませんから簡単に読めます。
 特に、新入社員で、雑用ばかりさせられてふてくされている人に読んでもらえたらと思います。
 大学で高度なビジネス理論や最先端の技術を学び、高い倍率を突破して入社した自分が、どうしてアホでも入れたバブル時代の上司にあごで使われなきゃならないんだ、いつか独立してやると思っている人にこそ読んでもらいたい本です。

 オビで秋元康氏が「彼女の才能に今さらながら驚いた。」との惹句を贈っていますが、この才能は「便利屋」という才能で、才能がなければ「便利屋」はできないのです。
  

Posted by 大橋輝久 at 04:44Comments(0)TrackBack(0)書籍・雑誌

2012年04月13日

てんかん患者は差別される存在なのか?

 昨日、京都で悲惨な自動車事故がありました。
 すでに大きく報道されていますのでここでは詳しく触れません。リンク先の記事などを参照してください。

 この事故でクローズアップされる形になりましたが、ほんの5日前に、ひっそりとではありますが、見逃せないニュースがありました。

 「悪質な事故厳罰化を 遺族が署名提出」(NHK、4月9日)
去年4月、栃木県鹿沼市で、小学生の列に持病のてんかんを申告せずに免許を取った男が運転するクレーン車が突っ込み、児童6人が死亡した事故で、遺族が9日、悪質な事故の厳罰化などを求める30万人分を超える署名を国に提出しました。
(中略)これまでに、今回のような悪質なケースでは、上限が20年の危険運転致死傷罪を適用できるよう刑法の条文の改正を求める署名を17万人分余り、また、申告が義務づけられている病気を申告せずに免許を取得できないようチェックを強化するよう求める署名を16万7000人分余り、合わせておよそ34万人分の署名を集めました。(後略)
 報道によって署名の人数がまちまちなのは、引用記事にあるように、ふたつの署名を合わせてあったり、片方の署名だけの人数だけを報道していたりするからで、ちょっとわかりにくいでしょう。
 この署名運動の元になった事故は、ちょうど1年前、昨年4月に起こった事故がきっかけです。
 そして、私はこの事故について、ブログに小文を記しています。私の身内にてんかんの患者がいるために、今読み返すと相当戸惑った書き方をしているのがわかります。

 「今回は主張を変えない程度に一部事実を変更してお伝えします」(「芸能総研Journal」2011年4月21日)
インフルエンザや他の病気だったらこんなこと記す必要はありません。
 「言葉狩り」が必要だ、とは絶対に言いません。でも、そういった病気などで苦しんでいる人たちが現にいることを知ること、そして、その人や周囲への配慮は必要なのです。
 「言葉狩り」云々は、筒井康隆氏の「断筆宣言」が、日本てんかん協会からの抗議がきっかけであったことを踏まえての表現です。
 私の身内(文中では「妻」)は免許を自主返納し、自動車を運転していません。だから34万人(別の報道では33万人とも)の署名とは関係ないのかもしれません。

 でも、と、ちょっと立ち止まりたいのです。

 34万人のうち、少なくとも厳罰化の署名をした17万人は、どれだけ病気についてわかっているのだろうか、と。
 しっかりと勉強して、理解して、それで最高懲役20年の刑を適用しろと言っているのだろうか。
 報道だけの情報しかないのですが、私はものすごく嫌なものを感じるのです。

 少し前ですが、殺人事件の被告人の弁護士に、ものすごい非難が殺到したことがありました。依頼人の利益のために行動するのが弁護士の仕事なのに、何の利害関係もないタレント弁護士がテレビで扇動し、弁護士会には懲戒請求の嵐が舞い込みました。
 女優がふてくされた態度をテレビカメラの前で取っただけで、所属事務所に抗議が殺到し、謝罪させられ、仕事を干されることもありました。別の女性ミュージシャンはラジオで、羊水が腐るという勘違い発言をしたことで同じく非難の渦中に巻き込まれ、テレビで神妙に謝罪させられました。
 公人でもない一個人が何らかの事件や不祥事を起こすたびに、ネットではその人物の氏素性が暴かれていきます。今日もある大学の学生のバカな行為が発覚し、その大学の体育会サークルが活動休止に追い込まれるなど、リンチと変わらないことが起こります。

 今回の事故でも、早くもこんなまとめサイトができています。

 「日本てんかん協会が9日、法相に「運転免許取得を巡って『病名による差別』が行われる事のないよう求める」要望書を提出」(「痛いニュース」4月12日)

 正義の味方面をして正論を声高に叫ぶ人たちには、尾崎豊に代わって聞きたいのです。

 「先生あなたはか弱き大人の代弁者なのか」

 てんかん患者や病歴のある人がニュースになるたびに、私は強い不安と恐怖にかられるのです。
 私の身内もまた、無知ゆえの差別を受けたり、正義感あふれる声に押されて人権を侵害されるのではないか、と。
 前例は、ハンセン病、HIVなどこの国に山ほどあります。

(参考)
「「てんかん」運転 不申告罰則なく 差別の恐れ 難しい対応」(「MSN産経ニュース」4月13日)
「社団法人日本てんかん協会」ウェブサイト(注・本稿執筆時点ではアクセス集中により表示できず)  

Posted by 大橋輝久 at 13:06Comments(0)TrackBack(0)社会

2012年04月05日

絆を断ち切るストーリー

 最近は難しい事ばかり書いていたので軽い話を。

 といっても、内容は決して軽くはありません。アメリカの黒人差別を描いた話題の映画「ヘルプ ~心をつなぐストーリー~」を観に行ってきました。
 アカデミー賞など主要映画賞にノミネートされ、助演女優賞を受賞した、観る人みんなが絶賛する映画です。

 時代は1960年代、アメリカ南部ミシシッピ州の高級住宅街が舞台です。ケネディが登場し、キング牧師らの公民権運動も盛り上がっていたリベラルな時代ですが、黒人差別が最もひどい地域でもあります。
 白人が豪邸に住みホームパーティーを楽しむかたわら、黒人はメイドとして働きます。メイドといっても、秋葉原のメイド喫茶にいるメイドさんのようなかわいい存在ではなく、テレビドラマの家政婦の三田さんというほうがわかりやすいでしょう。映画では明らかにされていませんが、低賃金で、雇用者(つまり白人の主人)に気にいられないと、すぐにクビになります。

 映画では、黒人メイドが家のトイレを使わせてもらえません。「病気がうつるから」という理由です。でも、生理現象ですから、仕方なく白人の家のトイレを使い、主人の怒りを買い、解雇されます。
 さらに、社交界のオピニオンリーダー的役割の女性が、黒人と同じトイレを作ることを条例として制定することを提案します。
 このくだりは当時の黒人差別をもっともよく表したシーンです。この女性は、何の差別意識の自覚もなく、100%の善意から、黒人用のトイレの設置を義務付けようとします。
 街中には黒人専用の飲食店や、白人だけのバスがある、一瞬アパルトヘイト時代の南アフリカの映画か?と疑ったくらいです。
 その中で、作家志望の若い白人女性が疑問を抱き、黒人メイドにインタビューを試みます。

 この映画では上記のように、「トイレ」が重要な象徴的タームになります。
 テーマは重厚で深刻な内容を含んでいますが、それでも面白く観られて、笑い声が館内に響いていました。それは映画にかなり「きわどい」冗談が交じっているからです。
 アメリカはああいう冗談にはかなり社会や規制が厳しいと思っていたので、かなり意外でした(どういう冗談かは観てのお楽しみ)。

 黒人メイドたちは、インタビュアーに心を開きません。めったなことを言うと、自分の安全が脅かされます。それでも、勇気を出して、人間としての尊厳を賭けて、告発に踏み切ります。新人作家の処女作は保守的な町に波紋を呼びますが……。

 というストーリーで、重い話題を軽やかに描いている快作です。
 しかし、へそ曲がりな私のくせで、別の視点から観てしまいました。

 上の文章の「黒人」を、「フクシマ」「被災がれき」「放射能」などと置き換えてみてください。

 ほうら、どこかの国とそっくり。

 「ヘルプ ~絆を断ち切るストーリー~」日本中の至る所で大絶賛上映中。  

Posted by 大橋輝久 at 11:47Comments(0)TrackBack(0)映画・演劇・その他

2012年03月29日

「価値観のジャグリング」

 先週の土曜日に浜松市中心部に遊びに行ってきました。
 駅前では全日本高等学校選抜吹奏楽大会の出場校によるプロムナードコンサート(この場合は簡単に「青空コンサート」のようなもの)が行われていました。さすがに全国大会出場校ばかりで、素人の私ですら音の違いが一目、いや、一聞瞭然でした。
 その足で落語の独演会に向かいました。地元出身の方で、まだ初々しい噺でした。延びしろの多い若い落語家です。
 さらに、地元百貨店が主催したイベントでは人気お笑い芸人や猿回しのショーが行われていました。
 他にもミニシアターではひと癖もふた癖もある映画が上映され、別の地域では市民劇団の公演もありました。翌日は先の吹奏楽大会の本番があり、高度な演奏が聴けました(そちらは私は行けませんでしたが)。

 そう考えると、浜松市の文化は一地方都市としては一般の広がりも専門的な深さもかなりあるのではと思えてきます。
 中心部の活性化が問題となっていますが、ここまで行政も民間も文化的関心の高い地方都市もあまりないのではと改めて考えてしまいました。
 というのも、最近、演劇ジャーナリストの米屋尚子氏の『演劇は仕事になるのか?』(彩流社)本を読んだからです。


 劇団の経営や俳優・スタッフの経済的問題を論じた本だと思って購入したのですが、半分当たって半分は大外れでした。
 特定の分野の演劇ではなく、もっと広い、文化政策全般の「アーツ・マネジメント」についての本でした。

 第一印象は、記述が散漫で焦点が合いません。これも当たり前でして、演劇と言っても一言では言い表せないくらいのとてつもない多様な形式・形態があるからです。
 学校の体育館を巡回する「劇団たんぽぽ」も、宝塚歌劇や劇団四季の大規模なミュージカルも、アングラのテント劇団も、小劇場演劇の第三世代も、能や狂言や歌舞伎など古典芸能も、梅沢富美男や早乙女太一などの大衆演劇も、吉本や松竹の新喜劇も、みんな演劇です。
 アマチュア主催だって、高校や大学の演劇部が地元のホールを借りるのも、社会人が仕事終わりに稽古して友人たちを半分強引に誘って公演するのも、東京から劇団や演出家を招いたりワークショップを開くのも、みんな演劇の範疇に入ります。
 定義がないから、演劇論などまとまるわけないのです。
 それを何とかまとめようとの著者の苦心の跡が見て取れます。

 同書は演劇論の本ではなく、「アーツ・マネジメント」についての本です。では「アーツマネジメント」とは何か。演劇のもろもろを串刺しにして、いろんな資源や法やノウハウなど「多様な価値観」を「ジャグリング」しながら演劇と文化を盛り上げよう(観るほうも、やるほうも)というものです。  続きを読む

Posted by 大橋輝久 at 09:46Comments(0)TrackBack(0)映画・演劇・その他

2012年03月22日

飛龍革命

 あまりに慌ただしくてパソコンに触る暇もないくらいのなか、ご無沙汰してました。
 お茶濁しに、ちょっと思っていたことをひとつ。

 「世界三大革命」というのは世界史を習った人ならばご存じだと思います。
 ひとつは「フランス革命」(1789年)。日本では「ベルサイユのばら」で有名です。
 ふたつめは「産業革命」(18~19世紀)。急激な大規模工業化が進展し、中産階級が出現しました。
 そして三つめは、日本で起こった「飛龍革命」(1988年)です(?)。



 ……「前田・佐山のUWF革命だろ!」「いいや天龍革命は外せない!」と異論もあろうかと思いますが、まあ、プロレスの話です。
 もう25年くらい前の話ですので、誰?っていう人もいるでしょうし、お笑い芸人のモノマネで見たことがあるという若い人もいるでしょう。
 一部聞き取りにくい箇所もありますが、若手から中堅になっていたエース、藤波辰爾は、師匠格で当時社長でもあったアントニオ猪木がいつまでも団体トップに居座っている現状に、俺にもやらせろと髪を切って猛抗議したのです。
 それを受けて猪木は、やりたいんだったら実力で俺を超えてみろと張り手をして発破をかけたわけです。

 それを思い出したのは、ある若い学者のインタビューを雑誌で読んだからです。
 あえて名前を挙げませんが、この学者は現在も大学院の院生で、昨年に出版した研究が大評判になり、権威ある賞も受賞した気鋭の研究者です。昨今20代の活きのいい若手研究者が相次いで著書を発表し、既存メディアやネットからも寄稿や出演を求められるなど活躍していますが、この若い学者もその先頭集団に躍り出ました。
 その人の発言です。

 「よく民間企業で、バブル世代がだぶついて若手のポストが空かない、という問題が指摘されますが、学者の世界も同じ構造的不遇があります。50~60歳くらいが大勢いてポストが空かず、40くらいでまだ定職がない人がいる。
 (中略)学者の世界に限らずさまざまな意味で、年配者は、もっと若者を信頼して、勇気をもって退いていただきたい。じゃないと社会の閉塞感なんてなくなるわけがない。」(「週刊朝日」2月17日号、強調は引用者)

 私はこのインタビューを読んで目をひんむくくらい驚きました。
 これが「希望は戦争」なんていうフリーターの発言ならば鼻で笑って読み飛ばすだけです。でも、この人は、誰も注目していないテーマを、一人で黙々と取り組んでおり、奇をてらった発言などせず、しっかりと地に足を着けて活動していた研究者なのです。
 この発言には「飛龍革命」で藤波が示した気概のかけらもありません。勇気を持って退けって言われたって、猪木だって困ってしまいます。闘魂注入張り手も出しようがありません。気合いを入れてもそのまま漏れてしまいそうです。

 学者の世界は封建的と言われます。理科系はわかりませんが、文科系の若い学者は積極的に発言し、ブログやメルマガなどでどんどん活動の場を開拓しています。
 売れっ子の学者は少子化に苦しむ大学にとっても魅力なので講師や准教授に登用されることもあります。仲間の研究者グループと会社を作って活動している人もいます。
 そんな若くて能力の高い学者を、先輩の教授らが引き揚げてくれたりメディアに紹介したりということもあります。
 プロレスの世界と似ていて、上下関係がしっかりしているようで、売れたもん勝ちのようなところがあります。

 この学者を悪く書きましたが、同じインタビューで、「上の世代が作った枠組みをぶっ壊す意識が欠けている」などと同世代の欠点をよく把握しています。この人自身も象牙の塔に閉じこもっておらずに、IT企業で働いたりフリーライターとして活動してきたことが紹介されています。
 上の世代は(私も含めて)、実は、若い世代の台頭を望んでいます。
 ただし、「退いてください」と言うような人は、あなたこそどうぞお引き取り下さいと言うしかありません。
 この年になって見えてきましたが、私たちや上の世代も、実力をつけて、陰に陽にアピールして、今のポジションにいるのですから。

 藤波はその後、チャンピオンとなり、手腕や評価はともかく新日本プロレスの社長にまで上り詰めました。
 現在は旅番組のリポーターやバラエティ番組で若い芸人にいじられるなどテレビでも人気は高く、その一方で58歳の今でもリングに上がっています。
 藤波と同世代のレスラーはどの団体でも自分の力と運で主役の座をもぎ取ってきました。先輩の馬場・猪木もそうでしたし、後輩にあたる「闘魂三銃士」(武藤・蝶野・橋本)も、他団体の「四天王」(三沢・川田・小橋・菊池)も、さらにその下の世代も、血だらけ、あざだらけになりながら上を目指し、活躍の場を自分で作っていきました。

 プロレスでもアカデミズムでも他の業界でも、「四角いジャングル」はいつでも若い力を待っています。

 やれるのか、おい!出でよ、平成の「飛龍革命」!  

Posted by 大橋輝久 at 12:56Comments(0)TrackBack(0)プロレス

2012年03月11日

随想・3月11日

 東日本大震災から1年。結局東北には行けなかったな・・・。

 ボランティアでも、仕事でも、旅行でも、なんでもいいから絶対に行きたいと思っていたのですが。

 せっかくこの世に生を受けたからには人様の役に立ちたいと思うのは人情ですし、阪神大震災の時に何もできなかった無念をいつか晴らそうと常々思っていただけに。

 当地・静岡に戻ってきてからは特に、、不測の事態がいつあってもおかしくないと、一応の準備らしきものはしてきました。
 1年前に揺れを感じてテレビを付けたときには「ついに来た!」と体中がこわばりました。まず震源地や震度、マグニチュードなど基本情報を過去の災害の規模を比較、わが家のライフラインの確認、ネットやラジオ、テレビで被災地の被害情報を把握、友人間でメールやソーシャルサイトを駆使して情報を共有して東北在住の友人の無事がわかり、関東地方で電車が止まり徒歩で横浜から横須賀まで歩いて帰ってきた親戚にお見舞いの電話を入れました。
 翌朝まだ暗く寒い中に職場まで自転車で走り、人員や物流に影響がないことがわかるとコンビニで買った中日新聞を読み(中日は浜松で印刷されているので、同じ通信社の記事でも静岡新聞より情報が早い)、即席の募金箱を設置しました。

 テレビの映像を観て、パニックになる人、躁状態だった人、1週間ほど全く記憶がない人など、当地でもいろいろな回想を聞きました。その中では、自分で言うのもなんですが、冷静すぎるくらい冷静に行動できました。

 それでも、無力感はいまなおあります。

 日本は現在も戦時下にあると考えていますが、戦争には最前線で戦う兵士だけでなく、司令部も兵站も、「銃後の母」も必要です。
 後方支援も大事だと開き直っていましたが、職場に配られた広報誌で同じ作業服を身にまとった人ががれきやヘドロの中で仕事している写真を見つけると、微々たる額の募金を送ることしかできない私はこんなところで何をしているのだろうと自分を責めるような気になりました。
 そんなこと考えていてもしょうがないとわかっていながらも、です。

 不幸中の幸い――決して「幸い」などと言えないのですが――は、特に若い世代が、人の役に立ちたいと、次々に立ち上がったことです。
 被災地では多くの人がボランティアに駆け付け、被災者自身も、高校生も、中学生も、果ては小学生まで、自分のできることを見つけて自発的に(本来の意味の「ボランティアvolunteer」)活動をしました。
 将来は自衛官や警察官や医師や保育士になりたいという若者の声も報道でよく耳にしました。
 昨年末の拙稿(「1億2000万人のタイガーマスク」)でも書きましたが、日本はいい方に変わりつつあると感じています。
 好きな言葉ではないのですが、震災前から唱えられている「新しい公共」が意図せずに形を見せたのかもしれません。社会学者の鈴木謙介氏のいう「SQ(Social Quatient=社会と関わる力)」が涵養されている、と言えるのかもしれません。

 この行動は、間違いなく、阪神・淡路大震災の犠牲者6434名の尊い命があってのものです。
 大きすぎる犠牲と、当時の政権の稚拙な対応があったから、今回は自衛隊や警察、消防の初動は速やかでした(菅前総理を擁護するつもりはないが、原発事故は誰がリーダーでも上手く対応できなかっただろう)。NGOやNPOも洗練された活動ができました。
 一般の人たちも、学校や職場や趣味の会などそれぞれの場所で募金を呼び掛けたり、できる範囲で被災地や避難所の仕事を手伝ったりしました。
 何度も書いているように、静岡県でも震災がれきを受け入れる自治体がありました。前向きに検討している自治体の市町長も何人もいます。うちの自治会でも市の方針について意見を聞かれ、自治会長やボランティアに行った人たちが積極的な賛同を呼びかけていました。

 東日本大震災の死者が1万5854名(3月10日現在)。あまりにも甚大な被害でした。
 生き残った私たちが2時46分のサイレンとともに黙祷を捧げたあとにまずすべきことは、悲しみを乗り越え、前に進むことです。
 日本は災害大国です。自然災害から絶対に逃れることはできません。
 それは1年後かもしれないし、5年後かもしれないし、10年後かもしれない。もしかしたら、1時間後かもしれない。1分後かもしれない。
 そのときに、今回の教訓を生かしてどれだけ犠牲を少なくできるか。それが1万6000人の失われた命に報いることです。

 震災から1年をめどに、毎月11日に行っていた義援金送付を、今日で一旦終了します。私の財布が炉心溶融しそうなので。
 支援そのものは継続的に行おうと今模索しているところです。
 とりあえず、買ってきました。
 外れても東北復興のささやかな一助になるし、当たったら全部寄付します。


 私事ですが、秋ぐらいには仕事で空きができるかもしれません。
 遅くなりますが、「奥の細道」に出られるかもしれません。
 それまでに、東北が少しでも美しく甦りますように。

 とりあえずこれからはもっと強くなります。なるべく泣かないように。  

Posted by 大橋輝久 at 01:57Comments(0)TrackBack(0)いろいろ

2012年03月08日

不明確なことは書いてはいけない

 新聞やテレビなど報道各社は毎日特ダネ競争に明け暮れていますが、それ以上に真剣なのは、誤報を防ぐことです。
 私も昔、取材をされたことがあり、住所や名前の漢字に至るまでかなり細かく聞かれました。当たり前です。間違えたらその影響は大きいですから。
 私のような一私人に対してですらそうなのですから、政治や事件・事故などはもっと気を遣います。
 ある有名なジャーナリストが、間違いを防ぐためには、自信のないことは「書かない」ことだ、と本で述べていました。
 これもまた当たり前ですが、当たり前でない人もいます。

 パソコンをカチカチやっていたら、吐き気がするブログ記事に出会いました。
 当地の島田市が震災で被災したがれきを受け入れることについてです。
 「院長の独り言」という題で、筆者は東京大学工学部を卒業後、東京電力に入社、その後に熊本大学医学部に入学した開業医とのことです。
 私は専門家ではないので間違っているかどうかは判断できませんし、つたない私の知識でも正しいことはありますが、明らかにおかしい内容を含んでいます。
 揚げ足取りは嫌なのですが、誤解を招きかねないので、メモ書き程度ですが、整理しておきます。

「島田市の市長は、産廃業者の重役です。さすが岩手県としっかりとした「絆」がおありですね。」(3月4日)
 これ、ネット上でも目にした「陰謀論」です。
 島田市長が産廃処理事業者というのは検索エンジンで簡単に確認できますが、その会社で処理するという話は聞いたことがありません。
 同じブログ記事で転載されている新聞に、同市のごみ処理施設や最終処分場の字名まではっきり書かれていますが、ネットで検索した限り、市長やその会社とのつながりや利権はわかりません。

・「自民党が旗振り役をしているのがよくわかりますね。おそらく、どこの県議会でも同じ状況でしょう。」(同)
 静岡でのがれき処理を提案したのは民主党が公認した知事です。その知事と自民党静岡県連は県議会であまりしっくりといっていません。
 もっと有名な人だと、大阪維新の会の橋下大阪市長、松井大阪府知事は自民党の息がかかっているのでしょうか?

・「綺麗にガレキは片付いています。」(同)
 米ボストン・グローブ紙のネット記事(を掲載したブログ)を引いてこう断言しています。
 ところが筆者が「3億円の札束でマスコミを懐柔する政府」という記事(3月6日)にある環境省の新聞広告には宮城県石巻市の巨大ながれきの山が写っています。
 どこが綺麗に片付いているのか?

「もう、ばっちり放射能汚染されています。なぜ、そのガレキをわざわざ島田市まで、持っていくのか。」(2月26日)
 岩手県山田町から出たがれきについての記述ですが、群馬大学早川由紀夫教授が作成した放射能汚染地図を指してこういっています。私の住む磐田市と社協では昨夏にボランティアを募って山田町に行きましたが、そこで活動したボランティアも汚染されているというのでしょうか?
 そもそもこの地図にある山田町の数値「0.25~0.125μSv/h(毎時0.25から0.125マイクロシーベルト)」は、素人目に見てもかなり低いものだと思われますが(この部分は専門家でないので詳しい人に聞いてください)。

・「中学3年生で、放射能と放射線の区別までしているとは、大したものです。(中略)ほとんどプロの文章と言って良いと思います。大したプロが島田市の中学生にはいるものです。ホントに。寒心 おっと誤変換 しました。」(同)
 筆者が冷笑的に含みを持たせて引用している箇所が本稿を書こうという気にさせた最大のものです。
 筆者はつまり、誰かが代筆したと言いたいのですが、放射能と放射線の区別が明確に付く中学生なんかざらにいます。
 原発事故直後にテレビで放射能と放射線の違いをホタルにたとえてわかりやすく説明していたので、理科オンチの私でも知っているくらいです。
 筆者は中学生を侮蔑していますが、この時期は知識欲がかなり旺盛なので、好きなことや気になることは貪欲に吸収してしまいます。プロ顔負けの放射能の理解くらい当たり前にできます。
 著名な人ならば脱原発をブログを通じて訴えてきた藤波心さんという中学生のアイドルがいます。私の同級生でも、中学時代にチェルノブイリ原発について関心を持ち、浜岡原発の危険について学級新聞をまとめた人がいます。いまでは立派な科学者です。
 そもそも東大工学部と熊大医学部に入ったほど秀才の本人を考えてみればわかるでしょう。おそらく理系についてはそこらへんの大人よりも詳しい知識を持っていたはずです。私の時代でも中学生で理系オタク、例えば機械マニア、無線マニア、パソコンオタク、アマチュアプログラマーなんてそこらにいました。その原発版と思えばおかしくありません。

(追記・3月11日)・「阪神大震災のガレキの総量は、約2000万トン。あの兵庫県でさえ、広域処理をせずに全て処理が終わっています。」(3月4日)
 後ほど知ったのですが、ネット上のデマとして広まっています。阪神大震災で兵庫県は他県にがれき処理を依頼しています。また、それほど話題にならなかったのは、大阪湾に巨大な処分場(「フェニックス処理地」)があったからです。
 詳しくは兵庫県の資料をご覧ください。(追記おわり)

 ほかにも首を傾げる記述がたくさんあります。
 こういうものを見ると、ほんとうに、放射能問題はカルトになってしまったのだとため息が出ます。
 陰謀論を唱えるカルトの被害者みたいに、少しくらい矛盾を突いたりしても何の効果もなく、逆に「○○の陰謀だ」「○○の工作員」「御用学者」とさらに陰謀論を深めることになります。
 「宗教から科学へ」とは聞いたことがありますが、原発の問題はもはや「科学」から「政治イデオロギー」の対立を超えて「宗教」になってしまいました。

 第一、私のようなずぶの素人がこんな小さなブログでやることではありません。ちゃんとした学者がひとつひとつ反駁することですし、茶化すのなら『トンデモ本の世界』の「と学会」のような、専門家を含めた作家がする仕事です。
 それでもなおこの小文を書いたのは、間違いではないだろうけど正しくもない言説を頭の中で「おかしい」とチェックしつつ、「正しく怖がる」、そして、「正しく脱原発を主張する」(または「正しく原発推進を主張する」)ことが必要だと思ったからです。
 この拙文が「正しく」理解されれば幸いです。  

Posted by 大橋輝久 at 11:14Comments(0)TrackBack(0)社会

2012年03月04日

君にもマインドコントロールができる

 浜松のミニシアター「シネマイーラ」で、「スパルタの海」という映画を観ました。
 「戸塚ヨットスクール」を題材にしたノンフィクションを原作に、1983年に製作されたものの、同年に戸塚宏校長が逮捕されてお蔵入りになっていました。昨年28年ぶりにミニシアターで上映されましたが、見た人のネット評によると、かなりの衝撃を受けた人も多かったようです。
 「東京都知事 石原慎太郎推薦!!」の文字がド迫力ポスターに踊るこの映画(チラシをもらってきました。画像をクリックすると拡大します)は、戸塚ヨットスクールを賞賛するというよりも、当時の社会状況に一石を投じようとする、観客を挑発する映画のように思えました。
 客席にはエレガントじゃない尾木ママのような、教育関係者らしい人も何人かいました。もうすぐDVDも販売されますので、興味・関心のある方は賛否問わず観てみてください。当時おちゃらけた「デンセンマン」伊東四朗がテレビとは別の顔を見せています。

 なお、「戸塚ヨットスクール」が何なのかわからない人も多くなっていると思います。そういう方は各自調べてみてください。
 ちなみに、「戸塚ヨットスクール」は、刑期を終えた戸塚校長によって今も運営が続けられています。地元の東海テレビ放送によって「平成ジレンマ」という題名でドキュメンタリーが放送され、昨年映画化もされました。スクールとそれを囲む社会の変貌ぶりには戸惑うばかりです。


 今日のお題は、戸塚ヨットスクールや体罰の是非ではありません。
 最近芸能界をにぎわしている、女性漫才師の「マインドコントロール」についてです。  続きを読む

Posted by 大橋輝久 at 09:59Comments(0)TrackBack(0)社会

2012年03月01日

旅立ちの日に(後編)

 竹久夢二、ファン・ゴッホ、ベンヤミンの三題噺という、無教養な私にとっては高尚すぎて罰当たりな話、最後です。

 ファン・ゴッホの画が生前一枚しか売れなかったというのは有名な話です。ゴッホを支援していたのが弟のテオだけだったという話も聞いたことがあるかもしれません。
 周囲を巻き添えにしながらの破天荒な人生で、狂気の中で自死した後、評価が高まりました。
 そのゴッホが影響を受けたのが、何枚も刷られた複製芸術の浮世絵だった、という話でした。

 アウラ(オーラ)を放つようなオリジナルの芸術作品って、何なんでしょ?

 これまたある方の受け売りですが、現在はオリジナルの芸術が成立しにくい社会です。

 あるカリスマ的なミュージシャンがいます。路上ライブから小さなライブハウス、やがては大きなコンサートホールから武道館、東京ドームへと進出します。
 さて、このとき、観客は、このミュージシャンを見ているでしょうか?曲を聞いているでしょうか?
 ほとんどの場合、否です。
 電気的に変換されてスピーカーから流れる音と、巨大なモニターを視聴しているはずです。
 それでも、観客は感動し、サイリュームを振り、掛け声を叫び、時に涙を流します。
 その様子が、日本各地のシネコンで生中継されるようになりました。今では音楽だけでなく、演劇やお笑いライブなども人気です。
 映画館の観客は、感動するでしょうか?それは、ドーム公演やアリーナツアーと違うのでしょうか?
 さらには、その模様がDVDで発売されます。
 そのDVDを「YouYube」や「ニコニコ動画」で流す人がいます。
 もっと進んで、コンサート映像や音声を加工して再編集した「MAD動画」が作られます。出来のいいものは何万、何十万という人に視聴されます。

 さて、この事例のどこがオリジナルで、どこからがコピーなのでしょうか。そもそもオリジナルが存在するのでしょうか?
 「一回性のアウラ」はまったくないのでしょうか?
 (ポピュラー音楽が芸術か、という話はひとまず置いておきます)  続きを読む

Posted by 大橋輝久 at 15:04Comments(0)TrackBack(0)いろいろ

2012年02月29日

旅立ちの日に(前編)

 前回、竹久夢二の展覧会の感想という、神をも恐れぬ暴挙を書きましたが、私が夢二といって連想するのは、やはり美人画です。
 夢二は明治から昭和初期にかけての画家だったので、肉筆画が多く残っていますが、版画や印刷されたイラストレーションもまた多くあります。
 江戸時代の有名な浮世絵師、例えば北斎、広重、歌麿、写楽らの肉筆画は今ではあまり残っておらず、美術館で観ることのできる絵はほとんどが木版画です。
 というよりも、浮世絵といったらほとんどの場合、版画を指します。
 ということは、ファン・ゴッホら印象画に影響を与えたのは、何回も刷ったコピー、すなわち模倣品だった、ということになります。

 「……本物にしか出せない持ち味というものがあって、それを見ることが大事だから、あんな複製の画なんか飾ってもしょうがない」
 高校時代、英語教師が何の脈絡もなく授業中に絵の話を始めたので、垂れかけたまぶたが大きく開かれました。
 庶民の私は舶来物など畏れ多くて受け入れられなかった(簡単に言うと落ちこぼれだった)のですが、頭がいっぺんにさえてしまいました。
 その教師が口にした複製画は、私と大きな縁があったのです。  続きを読む

Posted by 大橋輝久 at 16:00Comments(0)TrackBack(0)いろいろ

2012年02月23日

「ハイパーメディアクリエイター」としての竹久夢二

 少し前ですが、柄にもなく美術展に足を運びました。
 静岡市美術館で開催中の「竹久夢二と静岡ゆかりの美術」です。
 県内の方はテレビCMや新聞や電車の広告などで知っている人も多いかと思います。

 http://www.shizubi.jp/exhibition/future_120107.php

 静岡県の旧蒲原町に、夢二に惚れ込んだコレクターがいらっしゃって、その方の所蔵していた作品が公開されています。また併せて静岡ゆかりの画家の作品も展示されています。
 なんでも、新発見された夢二の肉筆画が初公開されるとのことです。
 といいましても、私に美術を観る目も語る言葉もありませんので、「うわーきれい」くらいのアホのような感想しか出てきませんでした。小さいころから芸術的教養を涵養するって大事ですね、と後悔しきりです。

 「うわーきれい」のアホ感想が示すように、一般的には夢二は美人画の作者として有名です。芸術的教養が著しく欠落している私としては、「映画女優の△△さんのような品がある」「この絵の人が実在したらAKBでセンターになれるな」というような薄い視点からしかとらえられませんでしたが、グラビアモデルとは大分違う美人さでした。
 ただ、絵画そのものよりも私が興味を惹かれたのは、その仕事の多彩さでした。

 夢二は日本画や版画の作家と思っていたのですが、そうではないんですね。
 展示されていたコレクションだけでも、本の装画、装丁、絵封筒、絵ハガキなどの、商業美術の仕事が多くあったのです。純粋芸術専門の研究者や学芸員だったら軽視してしまうところですが、民間のコレクターの執念はさすがです。
 繰り返しますが私は美術はまったく詳しくないのでかなり乱雑な書き方になりますが、権威ある日本画と、大衆的な商業デザインの両方を行き来し、さまざまな仕事を手掛ける方なのでしょう。今で言えば横尾忠則や安野光雅か、あるいは「ハイパーメディアクリエイター」の先駆けでしょうか。

 いや、茶化すつもりはまったくなく、たとえば展示の多くを占めていたのが、当時の流行歌やクラシック音楽のスコア(楽譜)の表紙絵だったのです。楽器店に行けば中学生が気軽に手に取ることができるような楽譜の表紙を、近代の代表的画家が手掛けているわけです。
 有名なイラストレーターやアニメーターの絵がエンタテインメント小説の表紙を飾ることは今でもときどきありますが、さすがに楽譜は聞いたことはありません(私が不勉強なだけで、実際はあるのかもしれませんが)。
 また、夢二の詩歌の代表作「宵待草」は、最初は雑誌「少女」に掲載されたそうです。この雑誌はまったく知らないのですが、ネット情報を渉猟すると、女学生向けの通俗雑誌のようです。
 今でこそ夢二は有名ですが、画壇や文壇といった権威が健在だった当時としては、大衆に人気はあれども、日本画家や評論家にはあまり好まれなかったのではないかと想像してしまいます。

 これ以上書くとさすがにボロが出そうなのでこのあたりにします。静岡市美術館はJR静岡駅からすぐ、入場料もそれほど高くないので、竹久夢二の名前だけは知っているという私のような方も、お気軽に訪れてみてください。
 美術・芸術は実はそれほど敷居が高いものではなく、また、排他的であってはならないと思っていますので。

 この夢二展ですが、私にあるひとつの記憶を想起させました。純粋芸術や美術はさっぱりだけれど、芸能については少しはわかる(かも)と思っている私にとって、今もって引っ掛かっている事柄です。
 長くなるので次回に続きます
 (ああ、門外漢の美術の話を引っぱってしまった!無知がバレてしまう!)  

Posted by 大橋輝久 at 10:49Comments(0)TrackBack(0)映画・演劇・その他

2012年02月20日

大規模テロ発生!?

職場で避難訓練。地震や火事じゃなくて大規模テロの想定だって。なますの吹き過ぎだ。おまけに緊急放送聞こえなかったし。本当に事故が起こったら間違いなく死んでたな、俺。
  

Posted by 大橋輝久 at 10:23Comments(0)TrackBack(0)いろいろ

2012年02月18日

「感情論、人情論ではない議論を……」

 長らく更新をしてなくてすいません。諸事情が重なりブログどころではなかったものでして。

 さて、今日のタイトルの「感情論、人情論でない議論を……」ですが、これは被災地のがれきを当地・静岡県の島田市が受け入れることについての意見です。
 島田市にお住まいのMさんという方が、地元の新聞に投書していた意見です。
 このMさんは元高校教師で、実は私の先生でした。理科の教師で、ガチガチ文系の私をかわいがってくださり、異動後も街中などでお会いした時にお声を掛けてくださいました。

 先生の論旨はさすが理科教師というだけあって、明解なものでした。
 当の投書が手元にないためにうろ覚えですが、がれきを受け入れる前に、しっかりとした調査と議論がなされているかが大事だというものでした。
 たとえば、被災地で本当にがれき焼却ができないのか、などです。写真などを見ると膨大ながれきが復興の妨げになることがわかりますが、科学的・数量的にきちんと把握したデータは私は知りません。
 先生はがれき処理について、他にもいくつかの論点を提示され、タイトルにあるように、
 「感情論、人情論でない議論が必要だ」
 というようにまとめていました。
 島田市のがれき受け入れについては地元紙でも賛成論・慎重論が入り混じっており(真っ向から反対という意見はなぜか載らないのが不思議ですが)、その中ではM先生の科学的知見は冷静で知性的なものでした。

 その島田市長のインタビューが産経新聞のサイトに掲載されています。
 「がれき受け入れへ「援助するのは当たり前」 静岡県島田市長」(2月18日配信)
 「政治家として、どんな反対があってもやらなければならない。反対されるほどファイトがわいてきた」
 この言葉で始まるインタビュー記事は、熱いものが胸中に滾(たぎ)る、「人情論」以外の何物でもありません。

 近代は「『宗教』から『科学』へ」の時代ですが、この二つは不即不離です。
 島田市が受け入れたがれきは、測定した放射能の数値が低く、また地理的にも福島第一原発から遠い岩手県から運ばれてきたものです。
 科学的な安全を県も市もアピールしているにも関わらず、反対派(といっても焼却処理場で抗議運動をしたのは2~30人程度だったらしい)は、明確な理由を言わずに、まさに「感情論」で反対しています。
 これはもはや、宗教、しかも「ブードゥー的(呪術的)」のような原始的な宗教、または「ケガレの思想」と同じ根拠なき因習です。脱原発運動の先頭に立つ山本太郎さんは好きな俳優ですが、今の彼のふるまいを見ると、もはやカルト宗教とさえ思ってしまいます。

 一方、社会科学(政治)であっても、首長など政治家の個人的リーダーシップによって事態が動くことがよくあります。
 今回島田市が受け入れたのも、、その前に静岡県知事が独断で受け入れを表明したからです。県内の市町長は知事の発言にかなりの戸惑いを見せていました。
 考えてみれば、いち早くがれき受け入れの意思表示をしたのは、東京都知事や大阪府知事(当時)など、かなり強硬な意志と実行力を持つ首長でした。
 自然科学の客観性よりも個人的主観や強い思い(宗教的なもの)が強くなるのは、ポスト近代でもよくあります。
 宗教と科学は相反する概念でも矛盾するものでもないわけです。
 (余談ですが、そう考えると「幸福の科学」という宗教団体の名前は上手いネーミングです)

 で、自然科学から一方的に嫌われていたガチ文系の私としては、あえて「人情論」、すなわち人間的な選択をしてもいいと思っています。
 だって、にんげんだもの。
 もちろん、科学的に十分な安全性が担保でき、焼却施設の処理能力があってのことです。
 感情論を排した議論を尽くして、その上で情に棹さして流されるのも、ありだと思います。
 静岡県は東海地震の可能性が高く、浜岡原発もあることから、いつ福島県と同じことになるかもしれませんから。

 義理と人情秤にかけりゃ、どっちも取りたい静岡県民。

 情けは人のためならず、です(誤用に注意)。  

Posted by 大橋輝久 at 22:46Comments(0)TrackBack(0)社会

2012年02月04日

メモ・アイドル映画研究の雑記

 明るいうちからビールを飲んでしまってあまり頭がはっきりしていないので、脈絡なく考えていることを書きます。
 アイドル映画についてです。

 昨年公開された、ある大人気アイドルが主演する映画が興行的にも内容も大コケしてしまいまして。私も観たのですが、もうひどいひどい。なにせ、初心者の監督がやりそうな「自主製作映画あるある」をすべてやっているのですから。
 ただ、見方を変えて、アイドル映画だと割り切ると、まだ観られるのです。
 これだけスケジュールが厳しい中、よく2時間もフィルムを回せたなと、感心さえするのです。
 もしかしたら、普通の映画とドキュメンタリー映画やポルノ映画が区別されているのと同じように、アイドル映画というまったく別のジャンルとして考えるべきなのかもしれません。

 ところが、アイドル映画の先行研究はほとんどありません。
 評論家やフリーライターなどが書いているものがありますが、人によってバラバラです。
 例えば、80年代の薬師丸ひろ子や原田知世が出演した角川映画を主に扱っているものがあります。しかし同時期の松田聖子や菊池桃子らのアイドル映画とは大分違います。前者はアイドルというより女優というニュアンスが強いですし、現に今でも薬師丸ひろ子は映画女優として活躍しています。
 また、アイドルでなくともアイドル映画としてしか見られない、チェッカーズの「TANTAN たぬき」などもあります。

 アイドルが出ている映画といっても、評価が高いものもあります。70年代の山口百恵主演の文芸作品がそうです。これなどは一段下に見られる「アイドル映画」とは一線を画しています。先の角川映画なども、後世に残っているという意味ではこれと近いものがあります。

 さらには、アイドルとは呼べない美空ひばりの映画はどうでしょう。
 ひばりは数多くの映画に出演していますが、評価の低いものも多く、Wikipediaにすらすべて記述されていません。大学時代に早大演劇博物館の教授の講義を聴講したことがありますが、講師の方は、「演劇博物館にはすべてのシナリオが収められています。『ひばりの~』などというものまで保管されています」と話していました。その口調からすると、アイドル映画のような評価の低いもののようです。

 そう考えると、アイドル映画の研究や評論以前に、「アイドル映画」の範囲、もっというと「アイドル」の定義から明確にしなくてはなりません。
 アイドルの定義ははっきりしません。学者の専門書でも、言葉の変遷はあれども定義を記しているものはありません。
 また、アイドルという職業もありません。厚労省による職業分類では「音楽家」「俳優」などとなります。
 研究者や評論家の共通の認識としては、1971年デビューの小柳ルミ子、南沙織、天地真理がアイドルの嚆矢というのが定説です。ならばそれより以前の美空ひばりはどうなのか?という疑問につながってきます。
 (ちなみにさらにそれ以前の吉永小百合らはアイドルではなく「スター」である)

 特徴としては、出来の悪さが指摘できます。これは人気絶頂のアイドルがタイトなスケジュールの合間を縫って撮影するため、演技のレッスンなどろくにしていないことなどが指摘できます。
 ならばアイドル映画として成立していないのかというと、そうではありません。
 映画の機能としては、芸術の製作、娯楽の提供、事象の記録と製作者の主張などがあります。アイドル映画の場合は、もうひとつ、主演アイドルのかわいらしさやかっこよさのアピールというものもあるかもしれません。
 高橋圭三が「歌は三分間のドラマ」とよく言っていましたが、雑誌のグラビアは「6ページのドラマ」、テレビCMは「15秒のドラマ」、そしてアイドル映画は「90分のドラマ(80年代当時。今では2時間)」であり、やはり普通の映画とは異なり、例えばプロモーションビデオに近いものなのかもしれません。

 ということは、アイドル映画は映画としてひどくても、「アイドル映画」という別物のジャンルとしたら、また違う評価で判断しなくてはならないのかもしれません。

 といったところまで考えてみましたが、やはり一人で考えるのは無理がありますね。
 もっと詳しい専門家がやってくれないでしょうか。
 B級映画評論だったら「映画芸術」に執筆しているようなクセのある評論家、アイドル論ならば綿矢りささん(文芸誌や「g2」などでの露出が増えてます)あたりが適任だと思うのですが……。
 学者や編集者の方、もしこのブログを読んでいたら、どこかの雑誌やシンポジウムで企画してくれませんか?  

Posted by 大橋輝久 at 19:06Comments(0)TrackBack(0)映画・演劇・その他

2012年01月28日

「薄い本」から透ける現実

 「薄い本」といって、「岩波ブックレット」などを連想する人は今や少数派のようです。
 盆と暮れの時期に開催される「オタクの祭典」コミックマーケットで、アニメマニアが販売する同人誌のことを、やや自嘲的に「薄い本」と呼ぶそうです。著作権無視のパロディやエロ、やおい・ボーイズラブ(早い話が男性同士の耽美的な同性愛)などもあって私にはほとんど縁のない世界なのですが、なぜかその「薄い本」を入手してしまいました。

 なぜかというと、アニメの声優の話だからです。
 声優はサブカルチャーに関心がある人に人気の職業ですが、就業するのが非常に難しい仕事です。無限に可能性がある若い人たちが、華やかなイメージだけで進路を決め、金儲けしか考えてない悪質な専門学校(果ては大学まで)に引っ掛かり、多額の金と貴重な青春の日々を浪費するのは見るに堪えないことです。
 ところが学校のキャリア教育ではそんなことは教わりません。そもそも教師がわかっていない場合が多くありますから。
 声優が書いたハウツー本もいくつもありますが、「声優は夢を与える素敵な仕事です」など綺麗事しか書いてなかったり、技術論の本だったりします。
 そうじゃなく、本当はこんなシビアなことなんだよ、ということもきちんと知らなくてはならないだろうと、いくつか厳しいことを書いてきました(ココとかココとか)。

 今回紹介する「薄い本」は、声優になるためではなく、めでたく声優になった後の話です。
 ポータルサイトのエキサイトでブックレビューが掲載されており、それを読んで通信販売で購入しました(同人誌がネット通販で買えるなんて、初めて知りました)。
 あさのますみ原作・畑健二郎作画『それが声優!』です。
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Posted by 大橋輝久 at 21:43Comments(0)TrackBack(0)書籍・雑誌

2012年01月21日

東京オリンピックを作ったのは誰だ?

 「金閣寺を作った人は誰でしょう?」
 「うーん、足利義満」
 「ブー。大工さんでしたー」

 という、他愛もないなぞなぞがあるのですが、では東京オリンピックを作ったのは誰でしょう?

 その東京オリンピックが開催された1964年を舞台にした映画「ALWAYS 三丁目の夕日’64」を観てきました。映画シリーズそのものは昨日テレビでやっていましたのでご存じの方も多いでしょう。日本の高度成長期の東京下町を舞台にした、VFXを駆使した映画です。
 私はこの映画シリーズは、良いけど嫌いという複雑な感想を持っていますが(理由はコチラ)、今回もまた似たような感想を持ちました。

 東京五輪に湧く東京の下町は、地味に発展を遂げています。主役の堤真一が経営する町工場も、外壁などがきれいになっており、なかなか細かな描写があります。
 前々作、前作の「アイコン」は東京タワーでした。今作は東京オリンピックというイベントそのものです。
 が、当然、施設がなくては競技はできません。
 丹下健三氏の設計による代々木競技場や、武道だけでなく格闘技や音楽の殿堂ともなっている日本武道館などが建設されました。
 また、大規模輸送機能も必要でした。オリンピックに間に合うように急ピッチで作られた東海道新幹線が開通しました。陸路も、首都高速道路が着々と建設されていました(東名高速開通はもう少し後)。
 「ここは一面焼け野原だった。それがいまやオリンピックだ」と、映画の中で堤真一が感慨深げに叫ぶシーンがあります。

 さて、冒頭のなぞなぞです。オリンピック、つまり、それのハード(入れ物)を実際に作ったのは誰か?
 (以下、ネタばれあり)  続きを読む

Posted by 大橋輝久 at 18:09Comments(0)TrackBack(0)映画・演劇・その他