2012年01月28日
「薄い本」から透ける現実
「薄い本」といって、「岩波ブックレット」などを連想する人は今や少数派のようです。
盆と暮れの時期に開催される「オタクの祭典」コミックマーケットで、アニメマニアが販売する同人誌のことを、やや自嘲的に「薄い本」と呼ぶそうです。著作権無視のパロディやエロ、やおい・ボーイズラブ(早い話が男性同士の耽美的な同性愛)などもあって私にはほとんど縁のない世界なのですが、なぜかその「薄い本」を入手してしまいました。
なぜかというと、アニメの声優の話だからです。
声優はサブカルチャーに関心がある人に人気の職業ですが、就業するのが非常に難しい仕事です。無限に可能性がある若い人たちが、華やかなイメージだけで進路を決め、金儲けしか考えてない悪質な専門学校(果ては大学まで)に引っ掛かり、多額の金と貴重な青春の日々を浪費するのは見るに堪えないことです。
ところが学校のキャリア教育ではそんなことは教わりません。そもそも教師がわかっていない場合が多くありますから。
声優が書いたハウツー本もいくつもありますが、「声優は夢を与える素敵な仕事です」など綺麗事しか書いてなかったり、技術論の本だったりします。
そうじゃなく、本当はこんなシビアなことなんだよ、ということもきちんと知らなくてはならないだろうと、いくつか厳しいことを書いてきました(ココとかココとか)。
今回紹介する「薄い本」は、声優になるためではなく、めでたく声優になった後の話です。
ポータルサイトのエキサイトでブックレビューが掲載されており、それを読んで通信販売で購入しました(同人誌がネット通販で買えるなんて、初めて知りました)。
あさのますみ原作・畑健二郎作画『それが声優!』です。
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盆と暮れの時期に開催される「オタクの祭典」コミックマーケットで、アニメマニアが販売する同人誌のことを、やや自嘲的に「薄い本」と呼ぶそうです。著作権無視のパロディやエロ、やおい・ボーイズラブ(早い話が男性同士の耽美的な同性愛)などもあって私にはほとんど縁のない世界なのですが、なぜかその「薄い本」を入手してしまいました。
なぜかというと、アニメの声優の話だからです。
声優はサブカルチャーに関心がある人に人気の職業ですが、就業するのが非常に難しい仕事です。無限に可能性がある若い人たちが、華やかなイメージだけで進路を決め、金儲けしか考えてない悪質な専門学校(果ては大学まで)に引っ掛かり、多額の金と貴重な青春の日々を浪費するのは見るに堪えないことです。
ところが学校のキャリア教育ではそんなことは教わりません。そもそも教師がわかっていない場合が多くありますから。
声優が書いたハウツー本もいくつもありますが、「声優は夢を与える素敵な仕事です」など綺麗事しか書いてなかったり、技術論の本だったりします。
そうじゃなく、本当はこんなシビアなことなんだよ、ということもきちんと知らなくてはならないだろうと、いくつか厳しいことを書いてきました(ココとかココとか)。
今回紹介する「薄い本」は、声優になるためではなく、めでたく声優になった後の話です。
ポータルサイトのエキサイトでブックレビューが掲載されており、それを読んで通信販売で購入しました(同人誌がネット通販で買えるなんて、初めて知りました)。
あさのますみ原作・畑健二郎作画『それが声優!』です。
2012年01月21日
東京オリンピックを作ったのは誰だ?
「金閣寺を作った人は誰でしょう?」
「うーん、足利義満」
「ブー。大工さんでしたー」
という、他愛もないなぞなぞがあるのですが、では東京オリンピックを作ったのは誰でしょう?
その東京オリンピックが開催された1964年を舞台にした映画「ALWAYS 三丁目の夕日’64」を観てきました。映画シリーズそのものは昨日テレビでやっていましたのでご存じの方も多いでしょう。日本の高度成長期の東京下町を舞台にした、VFXを駆使した映画です。
私はこの映画シリーズは、良いけど嫌いという複雑な感想を持っていますが(理由はコチラ)、今回もまた似たような感想を持ちました。
東京五輪に湧く東京の下町は、地味に発展を遂げています。主役の堤真一が経営する町工場も、外壁などがきれいになっており、なかなか細かな描写があります。
前々作、前作の「アイコン」は東京タワーでした。今作は東京オリンピックというイベントそのものです。
が、当然、施設がなくては競技はできません。
丹下健三氏の設計による代々木競技場や、武道だけでなく格闘技や音楽の殿堂ともなっている日本武道館などが建設されました。
また、大規模輸送機能も必要でした。オリンピックに間に合うように急ピッチで作られた東海道新幹線が開通しました。陸路も、首都高速道路が着々と建設されていました(東名高速開通はもう少し後)。
「ここは一面焼け野原だった。それがいまやオリンピックだ」と、映画の中で堤真一が感慨深げに叫ぶシーンがあります。
さて、冒頭のなぞなぞです。オリンピック、つまり、それのハード(入れ物)を実際に作ったのは誰か?
(以下、ネタばれあり) 続きを読む
「うーん、足利義満」
「ブー。大工さんでしたー」
という、他愛もないなぞなぞがあるのですが、では東京オリンピックを作ったのは誰でしょう?
その東京オリンピックが開催された1964年を舞台にした映画「ALWAYS 三丁目の夕日’64」を観てきました。映画シリーズそのものは昨日テレビでやっていましたのでご存じの方も多いでしょう。日本の高度成長期の東京下町を舞台にした、VFXを駆使した映画です。
私はこの映画シリーズは、良いけど嫌いという複雑な感想を持っていますが(理由はコチラ)、今回もまた似たような感想を持ちました。
東京五輪に湧く東京の下町は、地味に発展を遂げています。主役の堤真一が経営する町工場も、外壁などがきれいになっており、なかなか細かな描写があります。
前々作、前作の「アイコン」は東京タワーでした。今作は東京オリンピックというイベントそのものです。
が、当然、施設がなくては競技はできません。
丹下健三氏の設計による代々木競技場や、武道だけでなく格闘技や音楽の殿堂ともなっている日本武道館などが建設されました。
また、大規模輸送機能も必要でした。オリンピックに間に合うように急ピッチで作られた東海道新幹線が開通しました。陸路も、首都高速道路が着々と建設されていました(東名高速開通はもう少し後)。
「ここは一面焼け野原だった。それがいまやオリンピックだ」と、映画の中で堤真一が感慨深げに叫ぶシーンがあります。
さて、冒頭のなぞなぞです。オリンピック、つまり、それのハード(入れ物)を実際に作ったのは誰か?
(以下、ネタばれあり) 続きを読む
2012年01月17日
17年
偉そうなことをさんざん書いていながら、今日の朝刊を見るまですっかり忘れてた。深く深く反省。阪神・淡路大震災から17年。写真は今朝の5時46分の風景です。どこかって?職場です。夜勤中です。(追記)再送。写真添付忘れてました。
2012年01月14日
売春は人権侵害か文化か?
今年になってまだ2本目のエントリなのに、なんつータイトルなんでしょう。
性風俗を含め、私は買春はしたことがありません。エロ本やAVも広く性の商品化だとするのならば、すいませんというしかありませんが、多くの人が連想する売買春は、店でも街頭でもネットでもまったくありません。
だからといって、性を売買することを私は否定しません。売りたい人がいて、買いたい人がいるのならば、それは経済活動のひとつとして認められてもいいと考えています。
もちろん、そこには厳密なルールと公的な監視が必要です。たとえば、自己決定をするだけの知識と意思が身に付いていない児童売春は絶対に認められませんし、暴力団など反社会的団体による管理売春も根絶されるべきです。
以上は一例ですが、そのような、売り手と買い手の人権がしっかりと保護される条件下ならば、不動産や車などを売り買いするのと同じように、体を売っても買っても、「それのどこがいけないの?」という考えです。
一方で、現状を見てみると、特に女性の管理売春は劣悪な待遇にあり、搾取の構造に組み込まれています。労基署などが介入できないアンタッチャブルな世界ですので、労働者ともいえない売春婦や風俗嬢が体も金も心もピンハネされています。
少し前にキャバクラ嬢が労組を結成するとの報道がありましたが、実際のところは氷山の一角です。ましてや、キャバクラならばまだ専門誌があるくらいの人気職種ですが、そうではない売春婦や風俗業界では女性が(男性も、でしょうが)、声を上げようにもできないことは容易に想像できます。
さて、タイトルの唐突な問い「売春は人権侵害か文化か?」ですが、私の答えはもう出ています。
「人権侵害であり、文化でもある」というものです。
そんなことを考えたのも、昨年話題になった渾身のノンフィクションを年末年始に読んだからです。
ご存じの方も多いんじゃないんでしょうか。井上理津子『さいごの色街 飛田』(筑摩書房)です。
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性風俗を含め、私は買春はしたことがありません。エロ本やAVも広く性の商品化だとするのならば、すいませんというしかありませんが、多くの人が連想する売買春は、店でも街頭でもネットでもまったくありません。
だからといって、性を売買することを私は否定しません。売りたい人がいて、買いたい人がいるのならば、それは経済活動のひとつとして認められてもいいと考えています。
もちろん、そこには厳密なルールと公的な監視が必要です。たとえば、自己決定をするだけの知識と意思が身に付いていない児童売春は絶対に認められませんし、暴力団など反社会的団体による管理売春も根絶されるべきです。
以上は一例ですが、そのような、売り手と買い手の人権がしっかりと保護される条件下ならば、不動産や車などを売り買いするのと同じように、体を売っても買っても、「それのどこがいけないの?」という考えです。
一方で、現状を見てみると、特に女性の管理売春は劣悪な待遇にあり、搾取の構造に組み込まれています。労基署などが介入できないアンタッチャブルな世界ですので、労働者ともいえない売春婦や風俗嬢が体も金も心もピンハネされています。
少し前にキャバクラ嬢が労組を結成するとの報道がありましたが、実際のところは氷山の一角です。ましてや、キャバクラならばまだ専門誌があるくらいの人気職種ですが、そうではない売春婦や風俗業界では女性が(男性も、でしょうが)、声を上げようにもできないことは容易に想像できます。
さて、タイトルの唐突な問い「売春は人権侵害か文化か?」ですが、私の答えはもう出ています。
「人権侵害であり、文化でもある」というものです。
そんなことを考えたのも、昨年話題になった渾身のノンフィクションを年末年始に読んだからです。
ご存じの方も多いんじゃないんでしょうか。井上理津子『さいごの色街 飛田』(筑摩書房)です。
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2012年01月04日
「glee」に見る日米教育現場の問題
あけましておめでとうございます。
今年はどんな正月でしたか?
私は紅白や箱根駅伝をゆっくり観る寝正月のつもりでしたが、元日に職場から緊急招集がかかり、三が日ずっと仕事でした。
何もやることがなく、職場に詰めていて、分厚い本まるまる一冊読了してしまいました。
頭にきて年越しそばのつもりで買い溜めしてあった「赤いきつね」と「緑のたぬき」をドカ食いしてしまいました。
ああ、また太った。
でも、たまにはいいよね、こんな正月。
実は寝正月のつもりでTSUTAYAで借りてきたDVDがありまして。
アメリカの人気テレビドラマシリーズ「glee」です。
「glee」とはグリークラブ、すなわち合唱部のことですが、ポップな曲とダンスが挿入されており、ミュージカルのような楽しいドラマです。
映画「天使にラブソング2」とか、辛口の「けいおん!」のような味わいがあります。
あれ?ハッピーなドラマじゃないのかって?
鋭い!このドラマ、決してバラ色の物語ではないのです。
このドラマには希望がありません。
オハイオ州の田舎町ライマの、これといって特色のない学校が舞台です。アメリカの地理や政治に詳しい人ならば、どんなところかは地図を見ればわかるでしょう。
生徒は名門大学に進学するわけでもありません。主人公はスペイン語の教師ですが、高校とは思えないほどレベルが低いです(私はかつて大学でスペイン語を学んでいたから程度がわかります)。就職先も、あまりいいところはありません。
つまり、夢も未来もなく、どん詰まりの学校生活で、生徒たちも行く末をあきらめているのです。
ノンフィクション作家の林壮一氏の『アメリカ下層教育現場』(光文社新書)にある光景そのままです。
生徒の楽しみは、陰険ないじめぐらいしかありません。
ドラマを観た人、特に若い世代の人は、おそらくデジャブ(既視感)を覚えるのではないのでしょうか?あらゆるところで、日本の教育の現状とそっくりなのです。
クラブの花形はアメフト部とチアリーダー部で、グリークラブは、いわゆる「イケてない」生徒の集まりです。
グリーに関わるだけで、「スクールカースト」の最下層に位置させられ、ジュースをぶっかけられるなどいやがらせをされます。
「イケている」はずのアメフトやチアの生徒も、勝利至上主義の管理教育の中で、いかに高い地位を維持するか(日本でいえば「キャラ化」)に腐心しています。したがって、仲間はずれにならないように、他の生徒と同調していじめを行います。
そのスケープゴートは、マイノリティ、すなわちカラード(有色人種)や障害者、同性愛者、ユダヤ人、高校生妊婦の集まりである、グリーのメンバーとなります。
私はまだ途中までしか観ていません。ですからもしかしたら、劇的な変化があるのかもしれません。
ただ、ネットでファンが感想を書いていたような、仲間たちとの感動の物語となる兆しはまったくありません。
私はこのドラマを観て真っ先に連想したことは、コロンバイン高校で起こった銃乱射事件です。
日本のニュースとマイケル・ムーア監督の映画でしか知りませんでしたが、Wikipediaで見ただけでも、犯人の二人はたびたびいじめに遭っていたとあります。
ただ特定のクラブに入ったというだけでたびたびジュースをぶっかけられるような環境だったら、私でも無差別殺戮をするかもしれません。
ドラマとしては、最初は陰鬱な気分でしたが、お気楽なところ、楽しいところもいくつもあります。悲劇と喜劇は紙一重だなー、との感想を受けました。
これから話が進むにつれ、暗い部分はなくなり、楽しくハッピーなドラマになるのかもしれません。
今日も続編を借りてきました。とりあえず、続きを観てみようかと思います。そのためには正月早々に職場に呼び出す(しかも新年会に行くから仕事変わってくれという、それこそ銃を乱射したくなるような理由で)なんて愚かなことをなくすことが先決だと思います。
なお、4月からはNHK・Eテレ(教育テレビ)で放送されます。
個人的には吹き替えではなく字幕版をおすすめします。声優ファンには悪いけど、声がまるで配役と合ってないし、歌のシーンでアメリカ版の俳優の声にいきなり変わるなど、どうにも気に障って物語に入り込めません。
今年はどんな正月でしたか?
私は紅白や箱根駅伝をゆっくり観る寝正月のつもりでしたが、元日に職場から緊急招集がかかり、三が日ずっと仕事でした。
何もやることがなく、職場に詰めていて、分厚い本まるまる一冊読了してしまいました。
頭にきて年越しそばのつもりで買い溜めしてあった「赤いきつね」と「緑のたぬき」をドカ食いしてしまいました。
ああ、また太った。
でも、たまにはいいよね、こんな正月。
実は寝正月のつもりでTSUTAYAで借りてきたDVDがありまして。
アメリカの人気テレビドラマシリーズ「glee」です。
「glee」とはグリークラブ、すなわち合唱部のことですが、ポップな曲とダンスが挿入されており、ミュージカルのような楽しいドラマです。
映画「天使にラブソング2」とか、辛口の「けいおん!」のような味わいがあります。
あれ?ハッピーなドラマじゃないのかって?
鋭い!このドラマ、決してバラ色の物語ではないのです。
このドラマには希望がありません。
オハイオ州の田舎町ライマの、これといって特色のない学校が舞台です。アメリカの地理や政治に詳しい人ならば、どんなところかは地図を見ればわかるでしょう。
生徒は名門大学に進学するわけでもありません。主人公はスペイン語の教師ですが、高校とは思えないほどレベルが低いです(私はかつて大学でスペイン語を学んでいたから程度がわかります)。就職先も、あまりいいところはありません。
つまり、夢も未来もなく、どん詰まりの学校生活で、生徒たちも行く末をあきらめているのです。
ノンフィクション作家の林壮一氏の『アメリカ下層教育現場』(光文社新書)にある光景そのままです。
生徒の楽しみは、陰険ないじめぐらいしかありません。
ドラマを観た人、特に若い世代の人は、おそらくデジャブ(既視感)を覚えるのではないのでしょうか?あらゆるところで、日本の教育の現状とそっくりなのです。
クラブの花形はアメフト部とチアリーダー部で、グリークラブは、いわゆる「イケてない」生徒の集まりです。
グリーに関わるだけで、「スクールカースト」の最下層に位置させられ、ジュースをぶっかけられるなどいやがらせをされます。
「イケている」はずのアメフトやチアの生徒も、勝利至上主義の管理教育の中で、いかに高い地位を維持するか(日本でいえば「キャラ化」)に腐心しています。したがって、仲間はずれにならないように、他の生徒と同調していじめを行います。
そのスケープゴートは、マイノリティ、すなわちカラード(有色人種)や障害者、同性愛者、ユダヤ人、高校生妊婦の集まりである、グリーのメンバーとなります。
私はまだ途中までしか観ていません。ですからもしかしたら、劇的な変化があるのかもしれません。
ただ、ネットでファンが感想を書いていたような、仲間たちとの感動の物語となる兆しはまったくありません。
私はこのドラマを観て真っ先に連想したことは、コロンバイン高校で起こった銃乱射事件です。
日本のニュースとマイケル・ムーア監督の映画でしか知りませんでしたが、Wikipediaで見ただけでも、犯人の二人はたびたびいじめに遭っていたとあります。
ただ特定のクラブに入ったというだけでたびたびジュースをぶっかけられるような環境だったら、私でも無差別殺戮をするかもしれません。
ドラマとしては、最初は陰鬱な気分でしたが、お気楽なところ、楽しいところもいくつもあります。悲劇と喜劇は紙一重だなー、との感想を受けました。
これから話が進むにつれ、暗い部分はなくなり、楽しくハッピーなドラマになるのかもしれません。
今日も続編を借りてきました。とりあえず、続きを観てみようかと思います。そのためには正月早々に職場に呼び出す(しかも新年会に行くから仕事変わってくれという、それこそ銃を乱射したくなるような理由で)なんて愚かなことをなくすことが先決だと思います。
なお、4月からはNHK・Eテレ(教育テレビ)で放送されます。
個人的には吹き替えではなく字幕版をおすすめします。声優ファンには悪いけど、声がまるで配役と合ってないし、歌のシーンでアメリカ版の俳優の声にいきなり変わるなど、どうにも気に障って物語に入り込めません。
2011年12月31日
1億2000万人のタイガーマスク
文字通りの大激震・大激動に見舞われた今年ももう間もなく終わります。
昨年末から今年にかけて、奇妙な出来事が相次いで起こりました。児童養護施設に「伊達直人」名義でランドセルなどが届けられました。
「伊達直人」とは梶原一騎原作の劇画「タイガーマスク」の主人公。自らが育った施設に寄付をするために、悪の組織から脱退し正義のヒーローとしてファイトマネーを稼ぎ、そのために組織からの報復を受けるという内容です。
自分をタイガーマスクになぞらえた行為は大きく報道されました。シニカルな目で見る人もいましたが、大きな共感を呼び、模倣する人も多く現れました。
偽善だ、自己満足だと非難するのは簡単です。けれど当時はその声はかなり少なかったような気がします。国家や自治体任せにするのではなく、大きな団体が施しをするのでもなく、名もない市民が出来る範囲で他者に協力し、その連鎖が大きな繋がりや動きになっていくことに大きな意味がありました。
事実、一度限りの善意ではなく、これらの行為によって、児童養護施設の実際の活動や、成長して退所した子どもたちの置かれた状態がテレビや雑誌などで伝えられました。私も誤解を抱いていたことを報道で知りました。
今にして思えば、これが日本が変わる萌芽でした。
そして3月11日午後2時46分。
東北地方の太平洋沿岸を大自然が襲いかかりました。
多くの人が、あっという間に大切なものを失いました。
技術大国が粋を結集した絶対安全なはずの原発が、あっけなく爆発しました。
同時に、無数の「タイガーマスク」が出現しました。 続きを読む
昨年末から今年にかけて、奇妙な出来事が相次いで起こりました。児童養護施設に「伊達直人」名義でランドセルなどが届けられました。
「伊達直人」とは梶原一騎原作の劇画「タイガーマスク」の主人公。自らが育った施設に寄付をするために、悪の組織から脱退し正義のヒーローとしてファイトマネーを稼ぎ、そのために組織からの報復を受けるという内容です。
自分をタイガーマスクになぞらえた行為は大きく報道されました。シニカルな目で見る人もいましたが、大きな共感を呼び、模倣する人も多く現れました。
偽善だ、自己満足だと非難するのは簡単です。けれど当時はその声はかなり少なかったような気がします。国家や自治体任せにするのではなく、大きな団体が施しをするのでもなく、名もない市民が出来る範囲で他者に協力し、その連鎖が大きな繋がりや動きになっていくことに大きな意味がありました。
事実、一度限りの善意ではなく、これらの行為によって、児童養護施設の実際の活動や、成長して退所した子どもたちの置かれた状態がテレビや雑誌などで伝えられました。私も誤解を抱いていたことを報道で知りました。
今にして思えば、これが日本が変わる萌芽でした。
そして3月11日午後2時46分。
東北地方の太平洋沿岸を大自然が襲いかかりました。
多くの人が、あっという間に大切なものを失いました。
技術大国が粋を結集した絶対安全なはずの原発が、あっけなく爆発しました。
同時に、無数の「タイガーマスク」が出現しました。 続きを読む
2011年12月24日
明治からのクリスマスプレゼント
我が家から歩いて5分もかからない天竜川の河川敷で、こんなものを見に行ってきました。
これはなんでしょう?

これはですね、明治に架けられた、天竜川の橋げたの跡なんですね。
「木製「天竜橋」の土台発見 明治-昭和初期の浜松と磐田を結ぶ要衝」(「中日新聞」東海本社版12月21日―電子版)
その見学会と説明会がありました。
(写真をクリックすると拡大されます。以下同じ)

地元の方や歴史愛好家とみられる方が多くいました。
「本当に忙しい人はこんなところにはいないんじゃないのか」なんて司会の方が冗談を飛ばしてましたが。

元高校教諭で郷土史家の小杉達先生(中央)による説明です。
橋脚それ自体は小さいものなんですね。その周囲を板で囲い、さらに木製の杭を何本も立て、水流の抵抗を弱めていたそうです。
橋の長さは約1000m、これと同じものが向こう岸の浜松市中野町まで作られていたわけです。

橋脚の幅に沿って並んでみたところです。
幅が非常に狭く、せいぜい2mちょっとしかなかったそうです。
後年になって車も通るようになりましたが、幅がいっぱいで、人がよけるための側道があったそうです。

近くに寄ってみた写真がこれです。
周囲に大きな石がありますが、橋を支えるために上流から人の手で持ってきたものだそうです。
言うまでもありませんが当時は架橋のための機械などなく、材料集めから設計、施工まで人力で行われました。
工事の時に歌う「ザンザ節」という歌まであったそうで、現在93歳の方が歌ったテープまで披露してくれました。
「ヨイトマケの唄」のような、作業の調子を取るようなものだったらしく、この歌を歌える人は賃金が高かったそうです。
とまあ、大イベントではなかったのですが、この歴史的・文化的価値は非常に高いものです。
運輸・土木技術の史料というだけでなく、東海道の交通文化がわかる遺跡がまるごと出てきたわけです。ここからいくらでも歴史に思いを馳せることができます。
明治期に天竜川の治水や植林を行った金原明善という郷土の偉人が、高い学問と技術を持っていた知識人で、「暴れ天竜」と呼ばれた天竜川に、車も走れるような強度の橋を架けたのです。
でも、明善翁だけではなく、その指導の下で、平成まで残った橋げたを作られた名もなき民衆の努力にも敬服します。
奇しくも今年は東日本大震災があり、巨大な防潮堤が決壊し、科学の粋を集めた(はずの)福島第一原発があっけなく爆発するなど、自然の前には人間がいかに無力であるかを甚大な被害を払って教えられました。
科学の力で驕った現代人が、木造の橋脚跡に学ぶことは多くあるはずです。
小杉先生や磐田市の方によると、まだ発見されたばかりで、正確な建造年もこれから調べることで(しょっちゅう流されてそのたびに作り直されていたから)、材質もわかっていないそうです。
「読売新聞」の記者の方が取材に来ていましたから、明日の地方版に掲載されるかもしれませんし、「広報いわた」にも載るでしょうから、そちらもお読みください。
ロマンはまだまだ緒に就いたばかりです。すばらしいクリスマスプレゼントでした。
これはなんでしょう?
これはですね、明治に架けられた、天竜川の橋げたの跡なんですね。
「木製「天竜橋」の土台発見 明治-昭和初期の浜松と磐田を結ぶ要衝」(「中日新聞」東海本社版12月21日―電子版)
磐田市教委文化財課は20日、明治から昭和初期にかけて現在の磐田市と浜松市を結んでいた木製橋「天竜橋」の、橋脚の土台部分が、旧国道1号南側約300メートルの天竜川河川敷(磐田市豊田西之島)で見つかったと発表した。台風による出水などで河床が洗われ、露出したもよう。同課では「遠州地方の交通史や近代土木遺産を考える上で重要な発見」としている。リンク先の新聞記事にあるように、今秋甚大な被害を与えた台風15号により、明治時代に作られたと思われる木製の橋げたが発見されたのですね。
その見学会と説明会がありました。
(写真をクリックすると拡大されます。以下同じ)
地元の方や歴史愛好家とみられる方が多くいました。
「本当に忙しい人はこんなところにはいないんじゃないのか」なんて司会の方が冗談を飛ばしてましたが。
元高校教諭で郷土史家の小杉達先生(中央)による説明です。
橋脚それ自体は小さいものなんですね。その周囲を板で囲い、さらに木製の杭を何本も立て、水流の抵抗を弱めていたそうです。
橋の長さは約1000m、これと同じものが向こう岸の浜松市中野町まで作られていたわけです。
橋脚の幅に沿って並んでみたところです。
幅が非常に狭く、せいぜい2mちょっとしかなかったそうです。
後年になって車も通るようになりましたが、幅がいっぱいで、人がよけるための側道があったそうです。
近くに寄ってみた写真がこれです。
周囲に大きな石がありますが、橋を支えるために上流から人の手で持ってきたものだそうです。
言うまでもありませんが当時は架橋のための機械などなく、材料集めから設計、施工まで人力で行われました。
工事の時に歌う「ザンザ節」という歌まであったそうで、現在93歳の方が歌ったテープまで披露してくれました。
「ヨイトマケの唄」のような、作業の調子を取るようなものだったらしく、この歌を歌える人は賃金が高かったそうです。
とまあ、大イベントではなかったのですが、この歴史的・文化的価値は非常に高いものです。
運輸・土木技術の史料というだけでなく、東海道の交通文化がわかる遺跡がまるごと出てきたわけです。ここからいくらでも歴史に思いを馳せることができます。
明治期に天竜川の治水や植林を行った金原明善という郷土の偉人が、高い学問と技術を持っていた知識人で、「暴れ天竜」と呼ばれた天竜川に、車も走れるような強度の橋を架けたのです。
でも、明善翁だけではなく、その指導の下で、平成まで残った橋げたを作られた名もなき民衆の努力にも敬服します。
奇しくも今年は東日本大震災があり、巨大な防潮堤が決壊し、科学の粋を集めた(はずの)福島第一原発があっけなく爆発するなど、自然の前には人間がいかに無力であるかを甚大な被害を払って教えられました。
科学の力で驕った現代人が、木造の橋脚跡に学ぶことは多くあるはずです。
小杉先生や磐田市の方によると、まだ発見されたばかりで、正確な建造年もこれから調べることで(しょっちゅう流されてそのたびに作り直されていたから)、材質もわかっていないそうです。
「読売新聞」の記者の方が取材に来ていましたから、明日の地方版に掲載されるかもしれませんし、「広報いわた」にも載るでしょうから、そちらもお読みください。
ロマンはまだまだ緒に就いたばかりです。すばらしいクリスマスプレゼントでした。
2011年12月21日
デミアン
先日、勤務先で「職場体験」をしてくれた中学生たちから、丁寧なお礼状が届きました。
先輩風吹かせながら偉そうに教えていたときから、聡明な子たちだなと思っていましたが、文面からもそれがよく表れていました。
普通の公立中学校ながら頭のいい学校なので(プライバシー等の関係で書けないので察してください)、何となくわかりましたが、最初のあいさつ・自己紹介から最後の礼状まで、絵に描いたような優等生・模範生でした。
じゃあ、その礼儀正しい礼状がいいのかというと、ちょっと複雑な気持になりました。
いかにも、大人の顔色をうかがって書いている、もっと言えば、教師にほめられることを意識して書いた文面でした。
ウチの勤務先は、正直、嬉々として職場体験に行きたいところではありません。
これがテレビ局やアマゾン・グーグルのようなIT企業だったら憧れの業界の裏側を見られるようなワクワク感もあるでしょうが、ウチはそんなイメージのいい業界ではありません。
ネットで、バイト代も出ないところでしんどかったなんて書き込みがありましたが、だいたいそんなものです。
教師が苦労して受け入れ先を見つけてきたところに、じゃんけんで勝った人から好きなところを選び、あふれた人がウチに来たようなものでしょう。
そんな職場で、数日就業体験しただけで、ゴマスリ礼状にあるような、有意義な経験ができるわけがありません。実際に働いている私が言うのだから、間違いありません。
さらに言えば、中学生といえば生意気盛りです。
「中二病(厨ニ病)」という言葉があるように、過大な自意識を持て余しているのが普通です。「オレ様は世界一だ」と「オレってどうしようもないクズだ」の両極端を行ったり来たりすることで、自我を形成していきます。
そんな、自己と世界を思うように扱えない世代が、大人を感心させる作文を書けるはずがありません。
あるのだとしたら、その中学生が天才か、あるいは、大人の目線を意識して書いたものです。
そういう文章をときどき目にします。おもな所は地元新聞の投書欄の「十代の声」なんてコーナーです。また、新聞社主催の「読書感想文コンクール」「新聞記事感想コンクール」があります。
文章それ自体は非常に優秀です。受験の小論文ならば間違いなく合格です。
ところが、主張のベクトルは、良識ある大人が喜びそうなところばかりに向いています。
医療の問題ならば「日本は世界一の長寿国だがそれは幸福であるとは言えない」、TPPならば「日本は第一次産業を切り捨てて先端技術やサービスに国力を集中させることも考えなくてはならない」といった、波紋を起こしそうなことは、まず新聞には載りません。
大人が喜びそうなこと(と、大人が思い込んでること)しか、賢い中学生は作文に書きません。
そしてそれは、とてつもなく面白くないのです。
私は頭が悪かったので、わざと教師に対して挑発的なことを書きました。
以前も書きましたが、読書感想文では漱石や太宰ではなくタレント本を題材にしました。将来の私という作文を書かされた時には「私は○○になって△△をしたいと思います」なんて普通のものではなく、未来の自分から間違い電話が掛かってくるというSFもどきの設定で書きました。
どちらも教師からは嘲笑されました。当たり前です。そんなの書く人、全校でただ一人ですから。
その時の経験から「教師に嫌われる読書感想文の書き方」なんてものをインターネットのサイトに記したこともありました。名文でしたが、あいにくウイルス攻撃に遭って読めなくなってしまいました。
念のために書きますと、職場体験の生徒の学校は熱心なところで、先生方の情熱も素晴らしいところです。お世話になった職場にしっかりとした礼状を速やかにしたためるなど、大人でもなかなかできないことをしっかり教えています。私が企業の採用担当者ならば、その学校の生徒は青田買いします。
ただ、私は教師でも親でもありません。
いうなれば、ヘッセの「デミアン」のような存在でありたいと思います。
厳格な勉強や道徳を教える学校に対して、裏とか影とかを耳元でささやく、そんな役回りをしたいと考えています。
わかりやすく言えば、「真実はいつもひとつ!」というコナン君の横で、「真実はいつも一つとは限らないよ」とニヤニヤしていたいのです。
最近の若い人たちに接するたびに、「物わかりのいい」人が増えてくるような気がします。
中学生は反抗するのが仕事のようなものです。それを、型にはめて矯正するのではなく、大人がうまくコントロールしてやることが必要なのです。上手な反抗をさせてあげるのが、教師や親の務めです(そのあたりは尾木ママこと尾木直樹氏の本が参考になりますのでぜひどうぞ)。
でも、目に見える反抗が見られないのが心配です。
いきなり悲惨な形で爆発するか、奥へ奥へと潜って陰湿なものになるか、表面的なところだけ世渡りが上手くなって人間的に成熟できずにいるか、いずれにせよあまりよくない人格形成になるのではないのか、と思います。
職場体験の場で議論を吹っ掛けてくるとか、礼状に当方や業界への異論を書いてくるとか、ツイッターで「職場体験終わり。テンパのオヤジきめえ。いい年してけいおんとかワンピースとか言ってんじゃねえよwww」なんてつぶやくとかを期待していたのですが。
まあ、職場体験、よくがんばりました。高校に入学したらバイトとしていらっしゃい。デミアンおやじがたっぷり教科書や日経新聞には書いてないことを教えてあげるからね、■■■高校■■部の生徒諸君。
先輩風吹かせながら偉そうに教えていたときから、聡明な子たちだなと思っていましたが、文面からもそれがよく表れていました。
普通の公立中学校ながら頭のいい学校なので(プライバシー等の関係で書けないので察してください)、何となくわかりましたが、最初のあいさつ・自己紹介から最後の礼状まで、絵に描いたような優等生・模範生でした。
じゃあ、その礼儀正しい礼状がいいのかというと、ちょっと複雑な気持になりました。
いかにも、大人の顔色をうかがって書いている、もっと言えば、教師にほめられることを意識して書いた文面でした。
ウチの勤務先は、正直、嬉々として職場体験に行きたいところではありません。
これがテレビ局やアマゾン・グーグルのようなIT企業だったら憧れの業界の裏側を見られるようなワクワク感もあるでしょうが、ウチはそんなイメージのいい業界ではありません。
ネットで、バイト代も出ないところでしんどかったなんて書き込みがありましたが、だいたいそんなものです。
教師が苦労して受け入れ先を見つけてきたところに、じゃんけんで勝った人から好きなところを選び、あふれた人がウチに来たようなものでしょう。
そんな職場で、数日就業体験しただけで、ゴマスリ礼状にあるような、有意義な経験ができるわけがありません。実際に働いている私が言うのだから、間違いありません。
さらに言えば、中学生といえば生意気盛りです。
「中二病(厨ニ病)」という言葉があるように、過大な自意識を持て余しているのが普通です。「オレ様は世界一だ」と「オレってどうしようもないクズだ」の両極端を行ったり来たりすることで、自我を形成していきます。
そんな、自己と世界を思うように扱えない世代が、大人を感心させる作文を書けるはずがありません。
あるのだとしたら、その中学生が天才か、あるいは、大人の目線を意識して書いたものです。
そういう文章をときどき目にします。おもな所は地元新聞の投書欄の「十代の声」なんてコーナーです。また、新聞社主催の「読書感想文コンクール」「新聞記事感想コンクール」があります。
文章それ自体は非常に優秀です。受験の小論文ならば間違いなく合格です。
ところが、主張のベクトルは、良識ある大人が喜びそうなところばかりに向いています。
医療の問題ならば「日本は世界一の長寿国だがそれは幸福であるとは言えない」、TPPならば「日本は第一次産業を切り捨てて先端技術やサービスに国力を集中させることも考えなくてはならない」といった、波紋を起こしそうなことは、まず新聞には載りません。
大人が喜びそうなこと(と、大人が思い込んでること)しか、賢い中学生は作文に書きません。
そしてそれは、とてつもなく面白くないのです。
私は頭が悪かったので、わざと教師に対して挑発的なことを書きました。
以前も書きましたが、読書感想文では漱石や太宰ではなくタレント本を題材にしました。将来の私という作文を書かされた時には「私は○○になって△△をしたいと思います」なんて普通のものではなく、未来の自分から間違い電話が掛かってくるというSFもどきの設定で書きました。
どちらも教師からは嘲笑されました。当たり前です。そんなの書く人、全校でただ一人ですから。
その時の経験から「教師に嫌われる読書感想文の書き方」なんてものをインターネットのサイトに記したこともありました。名文でしたが、あいにくウイルス攻撃に遭って読めなくなってしまいました。
念のために書きますと、職場体験の生徒の学校は熱心なところで、先生方の情熱も素晴らしいところです。お世話になった職場にしっかりとした礼状を速やかにしたためるなど、大人でもなかなかできないことをしっかり教えています。私が企業の採用担当者ならば、その学校の生徒は青田買いします。
ただ、私は教師でも親でもありません。
いうなれば、ヘッセの「デミアン」のような存在でありたいと思います。
厳格な勉強や道徳を教える学校に対して、裏とか影とかを耳元でささやく、そんな役回りをしたいと考えています。
わかりやすく言えば、「真実はいつもひとつ!」というコナン君の横で、「真実はいつも一つとは限らないよ」とニヤニヤしていたいのです。
最近の若い人たちに接するたびに、「物わかりのいい」人が増えてくるような気がします。
中学生は反抗するのが仕事のようなものです。それを、型にはめて矯正するのではなく、大人がうまくコントロールしてやることが必要なのです。上手な反抗をさせてあげるのが、教師や親の務めです(そのあたりは尾木ママこと尾木直樹氏の本が参考になりますのでぜひどうぞ)。
でも、目に見える反抗が見られないのが心配です。
いきなり悲惨な形で爆発するか、奥へ奥へと潜って陰湿なものになるか、表面的なところだけ世渡りが上手くなって人間的に成熟できずにいるか、いずれにせよあまりよくない人格形成になるのではないのか、と思います。
職場体験の場で議論を吹っ掛けてくるとか、礼状に当方や業界への異論を書いてくるとか、ツイッターで「職場体験終わり。テンパのオヤジきめえ。いい年してけいおんとかワンピースとか言ってんじゃねえよwww」なんてつぶやくとかを期待していたのですが。
まあ、職場体験、よくがんばりました。高校に入学したらバイトとしていらっしゃい。デミアンおやじがたっぷり教科書や日経新聞には書いてないことを教えてあげるからね、■■■高校■■部の生徒諸君。
2011年12月16日
クイズ芸能総研2011番外編
今年もクイズサイトに芸能クイズを投稿しました。
このブログの問題が元になっていますが、それ以外にもありますので遊んでみてください。
「2011年芸能問題総合検定」(Yahoo!みんなの検定)
「続・2011年芸能問題総合検定」(Yahoo!みんなの検定)
「【追悼】2011年芸能問題総合検定【黙祷】」(Yahoo!みんなの検定)
最初の検定は基本的な良問ぞろいで自信があったんですが、どうやらそう思っていたのは私だけだったようで……。
まあ、難しいこと考えずに楽しんでください。 続きを読む
このブログの問題が元になっていますが、それ以外にもありますので遊んでみてください。
「2011年芸能問題総合検定」(Yahoo!みんなの検定)
「続・2011年芸能問題総合検定」(Yahoo!みんなの検定)
「【追悼】2011年芸能問題総合検定【黙祷】」(Yahoo!みんなの検定)
最初の検定は基本的な良問ぞろいで自信があったんですが、どうやらそう思っていたのは私だけだったようで……。
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2011年12月08日
クイズ芸能総研2011総集編
お待たせしました。今年も「クイズ芸能総研」の季節がやってまいりました!
ここ2~3カ月、このことが頭から離れず、私の本業は一体何だろうとボヤキながら作った問題の数々です。
気軽に楽しんでもらえれば幸いです。
第1問【音楽】
若者用語やネット用語で、CDなどを発売日より前に手に入れることを指す、AKB48の曲のタイトルにもなっている言葉はなんでしょう?
第2問【映画】
「大鹿村騒動記」「神様のカルテ」この2作品の舞台になっている都道府県はどこでしょう?
第3問【書籍・雑誌】
サッカー選手の書いた本で、『心を整える』といえば長谷部誠。では『日本男児』の著者は誰でしょう?
第4問【CM】
このテレビCMが撮影された都市はどこでしょう?
第5問【お笑い】
昨年末の「M-1グランプリ」決勝で「スリムクラブ」が披露したネタ。相方の困った言動に弱り苦った内間政成の「何とかならんかね~」のボヤキに、真栄田賢は何と応えたでしょう?
第6問【芸術】
今年は岡本太郎の生誕100周年です。岡本太郎の代表作「明日の神話」は、何の出来事がテーマになっているでしょう?
第7問【旅行】
松尾芭蕉の『おくのほそ道』の有名な俳句「夏草や 兵どもが 夢の跡」これは今年話題になった場所で詠まれた句です。どこで詠まれたものでしょう?
第8問【スポーツ】
今年の東京マラソンで日本人最高位の3位だった川内優輝は、実業団チームに所属していない、埼玉県庁に勤める市民ランナーです。川内の勤務先の高校はどこでしょう?
第9問【演劇】
『六本木少女地獄』で昨年度の高校演劇コンクール関東大会の優秀賞を受賞し、同名の初戯曲集が話題となった、東京都立六本木高校に在籍中の高校生は誰でしょう?
第10問【科学】
下の画像は「世界で一番美しい元素図鑑」からのものです。今年話題になった原子番号55、元素記号Csのこの元素は何でしょう?

第11問【伝統芸能】
歌舞伎役者の市川猿之助を父に持ち、来年、九代目「市川中車」を襲名する俳優は誰でしょう?
第12問【政治】
枝野幸男経済産業大臣が中学時代に所属し、全国大会で優勝した経験もある部活動は何でしょう?
第13問【イベント】
9月10日・11日に開催された野外ライブ「宮城ライブ~明日へのマーチ!!~」で桑田佳祐が冒頭に歌った、東北にゆかりの深い曲は何でしょう?
第14問【インターネット】
英語で「匿名」という意味の、日本では今年ソニーに攻撃を仕掛け、プレイステーション・ネットワークから個人情報を大量に盗み出したハッカー集団を何というでしょう?
第15問【マンガ・アニメ・ゲーム・その他】
「仮面ライダーオーズ/OOO」で、ライダーの変身ベルトに装着するアイテムは何でしょう?
第16問【お悔やみ】
児玉清が司会をしていた長寿クイズ番組「パネルクイズ アタック25」で、1995年に一般出場者として出演した将棋棋士は誰でしょう?
第17問【お悔やみ】
ソニーの元会長、大賀典雄はもともとプロの声楽家を志望していました。彼の担当パートは何でしょう?
第18問【お悔やみ】
小松左京が原作小説を執筆し、自身が総監督も務めるなどSFファンの間で期待が高かったものの、蓋を開けてみたら評価が決して高くはなかった、1984年に公開された映画は何でしょう?
第19問【お悔やみ】
「子だくさんの貧乏アイドル」として親しまれていた上原美優ですが、実際には彼女は何人きょうだいだったでしょう?
第20問【お悔やみ】
ワイドショーの名物コーナー「宮尾すすむのああ日本の社長」で、訪問した社長宅の冷蔵庫にかならずと言っていいくらいに入っていた果物は何でしょう?
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答えは↓↓↓コチラ↓↓↓ 続きを読む
ここ2~3カ月、このことが頭から離れず、私の本業は一体何だろうとボヤキながら作った問題の数々です。
気軽に楽しんでもらえれば幸いです。
第1問【音楽】
若者用語やネット用語で、CDなどを発売日より前に手に入れることを指す、AKB48の曲のタイトルにもなっている言葉はなんでしょう?
第2問【映画】
「大鹿村騒動記」「神様のカルテ」この2作品の舞台になっている都道府県はどこでしょう?
第3問【書籍・雑誌】
サッカー選手の書いた本で、『心を整える』といえば長谷部誠。では『日本男児』の著者は誰でしょう?
第4問【CM】
このテレビCMが撮影された都市はどこでしょう?
第5問【お笑い】
昨年末の「M-1グランプリ」決勝で「スリムクラブ」が披露したネタ。相方の困った言動に弱り苦った内間政成の「何とかならんかね~」のボヤキに、真栄田賢は何と応えたでしょう?
第6問【芸術】
今年は岡本太郎の生誕100周年です。岡本太郎の代表作「明日の神話」は、何の出来事がテーマになっているでしょう?
第7問【旅行】
松尾芭蕉の『おくのほそ道』の有名な俳句「夏草や 兵どもが 夢の跡」これは今年話題になった場所で詠まれた句です。どこで詠まれたものでしょう?
第8問【スポーツ】
今年の東京マラソンで日本人最高位の3位だった川内優輝は、実業団チームに所属していない、埼玉県庁に勤める市民ランナーです。川内の勤務先の高校はどこでしょう?
第9問【演劇】
『六本木少女地獄』で昨年度の高校演劇コンクール関東大会の優秀賞を受賞し、同名の初戯曲集が話題となった、東京都立六本木高校に在籍中の高校生は誰でしょう?
第10問【科学】
下の画像は「世界で一番美しい元素図鑑」からのものです。今年話題になった原子番号55、元素記号Csのこの元素は何でしょう?

第11問【伝統芸能】
歌舞伎役者の市川猿之助を父に持ち、来年、九代目「市川中車」を襲名する俳優は誰でしょう?
第12問【政治】
枝野幸男経済産業大臣が中学時代に所属し、全国大会で優勝した経験もある部活動は何でしょう?
第13問【イベント】
9月10日・11日に開催された野外ライブ「宮城ライブ~明日へのマーチ!!~」で桑田佳祐が冒頭に歌った、東北にゆかりの深い曲は何でしょう?
第14問【インターネット】
英語で「匿名」という意味の、日本では今年ソニーに攻撃を仕掛け、プレイステーション・ネットワークから個人情報を大量に盗み出したハッカー集団を何というでしょう?
第15問【マンガ・アニメ・ゲーム・その他】
「仮面ライダーオーズ/OOO」で、ライダーの変身ベルトに装着するアイテムは何でしょう?
第16問【お悔やみ】
児玉清が司会をしていた長寿クイズ番組「パネルクイズ アタック25」で、1995年に一般出場者として出演した将棋棋士は誰でしょう?
第17問【お悔やみ】
ソニーの元会長、大賀典雄はもともとプロの声楽家を志望していました。彼の担当パートは何でしょう?
第18問【お悔やみ】
小松左京が原作小説を執筆し、自身が総監督も務めるなどSFファンの間で期待が高かったものの、蓋を開けてみたら評価が決して高くはなかった、1984年に公開された映画は何でしょう?
第19問【お悔やみ】
「子だくさんの貧乏アイドル」として親しまれていた上原美優ですが、実際には彼女は何人きょうだいだったでしょう?
第20問【お悔やみ】
ワイドショーの名物コーナー「宮尾すすむのああ日本の社長」で、訪問した社長宅の冷蔵庫にかならずと言っていいくらいに入っていた果物は何でしょう?
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2011年12月03日
2011年12月03日
2011年12月03日
2011年12月02日
2011年12月01日
2011年12月01日
2011年11月28日
民都・大阪は独立するべきだ
「橋下氏、大阪市長に 知事も維新・松井氏」(「大阪日日新聞」11月27日配信)
初めから結果が明らかだった選挙でした。
以前の内容と重なりますが、どれだけマスメディアや知識人や既成政党が橋下を批判したところで、有権者の圧倒的多数を占める大衆にはその声は届くわけがありません。
大学教授や評論家による真っ当な政策批判もありましたし(「大阪都構想」なるものが政策と言えるかはともかく)、候補者同士の討論会も行われたようです。
一方で、橋下氏の出生や家族についての中傷や差別文書に等しい雑誌記事も騒がせました。
今から振り返ると、これらすべてが、橋下氏の存在を際立たせてすることになったのです。テレビのトーク番組をもじると、「橋下候補」対「橋下じゃないほう候補」の選挙戦でした。
橋下氏の周りをぐるぐる回っているだけの他候補や反橋下の論客が、中心に比べて存在感を出せるわけがありません。
加えて、大阪の独特の風土があります。
政治学者の原武史氏の著書の題名を借用すると、「「民都」大阪対「帝都」東京」というように、大阪は大衆の町です。侍や公家、皇族の姿はありません。
そして、大衆はアホです。
教養もなければ知性もない、おもろければそれでいいというのが大阪人気質です。
そして、アホのパワーが日本国内でも独特の文化を持つ風土を生みだしてきました。
だから、政策の内容は全く不明だけどなにやらやらかしてくれそうな人の前では、他候補はもちろん、既成政党も学者も評論家も、大阪人の目には入っていませんでした。
新聞では、今年2月の名古屋市長選挙とからめて論じているところがあります。
元大阪府民の私は、まったく違うと断言できます。
橋下氏やその陣営の最大の勝利の理由は、「大阪だから」。それしかありません。
橋下氏のいう「大阪都構想」なるものがいかなるものか、私にはまったく理解できません。
彼の団体「大阪維新の会」が出した「教育基本条例」がいかにトンデモかはよくわかります。
そして、こんなものを大阪市民・大阪府民は選んでしまいました。
これはもう、自己責任でやってもらいましょう。
大阪都なんてちゃちなこと言わずに、もう大阪には国として独立してもらいましょう。
大阪国初代大統領は橋下氏。どうせ市長なんか踏み台くらいにしか思っていないでしょうから、ぴったりでしょう。
工業も世界的中小企業が多くありますし、食文化もお笑い文化も豊富ですから、観光資源もたっぷりあります。
企業でいう分社化みたいにして金稼いでもらえば商都として繁栄するでしょう。
ただし、日本国からの地方交付税交付金は当然なし。国による庇護も一切なし。アルゼンチンやギリシャのようになるんだったらどうぞご勝手に。
まあ、好きなようにやってくれってことです。
私は10年間大阪にいましたから、今でも好きな都市です。
でも、これ以上関わるのはどうにも勘弁願いたいものです。
もう日本に迷惑をかけないでもらいたいと心から祈ります。
初めから結果が明らかだった選挙でした。
以前の内容と重なりますが、どれだけマスメディアや知識人や既成政党が橋下を批判したところで、有権者の圧倒的多数を占める大衆にはその声は届くわけがありません。
大学教授や評論家による真っ当な政策批判もありましたし(「大阪都構想」なるものが政策と言えるかはともかく)、候補者同士の討論会も行われたようです。
一方で、橋下氏の出生や家族についての中傷や差別文書に等しい雑誌記事も騒がせました。
今から振り返ると、これらすべてが、橋下氏の存在を際立たせてすることになったのです。テレビのトーク番組をもじると、「橋下候補」対「橋下じゃないほう候補」の選挙戦でした。
橋下氏の周りをぐるぐる回っているだけの他候補や反橋下の論客が、中心に比べて存在感を出せるわけがありません。
加えて、大阪の独特の風土があります。
政治学者の原武史氏の著書の題名を借用すると、「「民都」大阪対「帝都」東京」というように、大阪は大衆の町です。侍や公家、皇族の姿はありません。
そして、大衆はアホです。
教養もなければ知性もない、おもろければそれでいいというのが大阪人気質です。
そして、アホのパワーが日本国内でも独特の文化を持つ風土を生みだしてきました。
だから、政策の内容は全く不明だけどなにやらやらかしてくれそうな人の前では、他候補はもちろん、既成政党も学者も評論家も、大阪人の目には入っていませんでした。
新聞では、今年2月の名古屋市長選挙とからめて論じているところがあります。
元大阪府民の私は、まったく違うと断言できます。
橋下氏やその陣営の最大の勝利の理由は、「大阪だから」。それしかありません。
橋下氏のいう「大阪都構想」なるものがいかなるものか、私にはまったく理解できません。
彼の団体「大阪維新の会」が出した「教育基本条例」がいかにトンデモかはよくわかります。
そして、こんなものを大阪市民・大阪府民は選んでしまいました。
これはもう、自己責任でやってもらいましょう。
大阪都なんてちゃちなこと言わずに、もう大阪には国として独立してもらいましょう。
大阪国初代大統領は橋下氏。どうせ市長なんか踏み台くらいにしか思っていないでしょうから、ぴったりでしょう。
工業も世界的中小企業が多くありますし、食文化もお笑い文化も豊富ですから、観光資源もたっぷりあります。
企業でいう分社化みたいにして金稼いでもらえば商都として繁栄するでしょう。
ただし、日本国からの地方交付税交付金は当然なし。国による庇護も一切なし。アルゼンチンやギリシャのようになるんだったらどうぞご勝手に。
まあ、好きなようにやってくれってことです。
私は10年間大阪にいましたから、今でも好きな都市です。
でも、これ以上関わるのはどうにも勘弁願いたいものです。
もう日本に迷惑をかけないでもらいたいと心から祈ります。
2011年11月24日
『絶望の国の幸福な若者たち』のその後はどうなるか
いやあ、身内の不幸とか風邪を引いたりとかですっかりブログから遠ざかってしまいました。
いろいろと最近思うことがあったので、まとめてドンと紹介します。
少し前ですが、市川海老蔵や瑛太が出た映画「一命」を観たんですね。小林正樹監督「切腹」のリメイクで、あまり客の入りはよくなかったという話ですけど、私にとってはそんなに悪くはないものでした。
話としては、没落した浪人が、大名屋敷に出向き、庭先で切腹を願い出るという話です。
ある浪人(瑛太)は、貧しいながらも幸せな家庭を築いていました。きれいな嫁ももらい、子宝にも恵まれました。ところがだんだん経済的に窮乏し、家族が病に冒されていきます。財産を売り、内職にあけくれ、それでも首が回らなくなった主人公は、当時流行していた「狂言切腹」に臨みます……。
という、話にしてはこれだけですが、かなり迫ってくるものがありました。
それは映画の力だけではなく、ちょっと前にある本を読んでいたからです。
マクラが長くなりましたが、こちらです。
古市憲寿さんという若い社会学者が書いた『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)という本です。
古市さんは慶応SFCで小熊英二に、東大院で上野千鶴子、本田由紀に師事してきた現役の院生です。最近は活きのいい社会学者が多く出てきて頼もしく思えます。
……と書くと、私が「物わかりのいい大人」であり、若者を応援するのは「都合のいい協力者」だからだと著者に嫌味を言われそうです。同書はいわゆる「若者論」で、ステレオタイプな若者像や若者に対する言説を斜に構えた独自の文体でメッタクソに斬り捨てていきます。(同書第1章参照)。
著者の命題は、タイトルにある通りです。ここまでひどく論評されているこの国で、若者はそれほど不幸だと感じていないのではないか?という疑問からスタートします。昨年のワールドカップや尖閣諸島デモなど若者の集う所に出向きインタビューするフィールドワークを重ね(正当な手法かどうかはとりあえず置く)、東日本大震災のときの若者の行動なども論述します。
「あはは。日本のことはなかなかどうにもできないですけど、僕のまわりの身近な世界を、少しでもよくしていきたいとは思っています。」(巻末の俳優・佐藤健との対談)
たしかに、戦争中に徴兵されたり戦火や窮乏に追われる時代や、「社畜」になって満員電車で会社で働かされる「ALWAYS 三丁目の夕日」の時代に比べれば、今の若者はそんなに不満はないのでしょう。
それと同時に、「自分のまわり」以外の条件が変わったら、どうなるでしょう。
映画「一命」を観て思ったのがそれでした。どれだけ幸せでも、住居は老朽化し、家族は病気にもなりますし老います。その時に、何のセーフティネットもない浪人は、物乞いか押し売りのような真似をして生き延びるしかありません。
「自分のまわり」以外が――例えば親が要介護状態になったとか、住居が住めない状態になったとか、事故や病気などで働けなくなったとか――おかしくなったら、「幸福」はすぐに吹っ飛びます。
社会学で「アノミー」という言葉があります。法学部や経済学部に落ちて社会学部しか入れなかった学生でも半年もすれば覚えてしまう、古典的な概念です。
簡単にいえば、無秩序や混乱からくる不安や不満の状態です。それが犯罪などの社会不安や自殺などの逸脱の原因のひとつになります。
今は幸福だと思っていても、やや感じていた不安はいつか巨大なリスクとなって襲いかかります。そのときに若者が抱えていた漠とした不安は目に見える不満に転じ、映画「一命」の海老蔵のように、社会全体がアノミックな状態になるのではないか、と、すっきりしない読後感がありました。
著者もそのあたりは自覚的だったようで、続編ともいえるこんな本を出版しています。
師匠格で『おひとりさまの老後』(法研)など介護分野の研究にも精を出している上野千鶴子との対談です。
本当はこの本にも触れたかったのですが、そろそろスペースがいっぱいです。
上野先生はあえて突き放した書き方をしていますが、正直、この本では失敗でした。新書ですから、手に取るのは身内が介護が必要になった一般の人が多いでしょう。その読者を対象とした本に「あなた何も知らないのね」という筆致はあまり賛成できません。介護保険制度なんて、必要になってから勉強する人がほとんどなのですから。
まあ、中身はいいのでセットでご一読を。
いろいろと最近思うことがあったので、まとめてドンと紹介します。
少し前ですが、市川海老蔵や瑛太が出た映画「一命」を観たんですね。小林正樹監督「切腹」のリメイクで、あまり客の入りはよくなかったという話ですけど、私にとってはそんなに悪くはないものでした。
話としては、没落した浪人が、大名屋敷に出向き、庭先で切腹を願い出るという話です。
ある浪人(瑛太)は、貧しいながらも幸せな家庭を築いていました。きれいな嫁ももらい、子宝にも恵まれました。ところがだんだん経済的に窮乏し、家族が病に冒されていきます。財産を売り、内職にあけくれ、それでも首が回らなくなった主人公は、当時流行していた「狂言切腹」に臨みます……。
という、話にしてはこれだけですが、かなり迫ってくるものがありました。
それは映画の力だけではなく、ちょっと前にある本を読んでいたからです。
マクラが長くなりましたが、こちらです。
古市憲寿さんという若い社会学者が書いた『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)という本です。
古市さんは慶応SFCで小熊英二に、東大院で上野千鶴子、本田由紀に師事してきた現役の院生です。最近は活きのいい社会学者が多く出てきて頼もしく思えます。
……と書くと、私が「物わかりのいい大人」であり、若者を応援するのは「都合のいい協力者」だからだと著者に嫌味を言われそうです。同書はいわゆる「若者論」で、ステレオタイプな若者像や若者に対する言説を斜に構えた独自の文体でメッタクソに斬り捨てていきます。(同書第1章参照)。
著者の命題は、タイトルにある通りです。ここまでひどく論評されているこの国で、若者はそれほど不幸だと感じていないのではないか?という疑問からスタートします。昨年のワールドカップや尖閣諸島デモなど若者の集う所に出向きインタビューするフィールドワークを重ね(正当な手法かどうかはとりあえず置く)、東日本大震災のときの若者の行動なども論述します。
「あはは。日本のことはなかなかどうにもできないですけど、僕のまわりの身近な世界を、少しでもよくしていきたいとは思っています。」(巻末の俳優・佐藤健との対談)
たしかに、戦争中に徴兵されたり戦火や窮乏に追われる時代や、「社畜」になって満員電車で会社で働かされる「ALWAYS 三丁目の夕日」の時代に比べれば、今の若者はそんなに不満はないのでしょう。
それと同時に、「自分のまわり」以外の条件が変わったら、どうなるでしょう。
映画「一命」を観て思ったのがそれでした。どれだけ幸せでも、住居は老朽化し、家族は病気にもなりますし老います。その時に、何のセーフティネットもない浪人は、物乞いか押し売りのような真似をして生き延びるしかありません。
「自分のまわり」以外が――例えば親が要介護状態になったとか、住居が住めない状態になったとか、事故や病気などで働けなくなったとか――おかしくなったら、「幸福」はすぐに吹っ飛びます。
社会学で「アノミー」という言葉があります。法学部や経済学部に落ちて社会学部しか入れなかった学生でも半年もすれば覚えてしまう、古典的な概念です。
簡単にいえば、無秩序や混乱からくる不安や不満の状態です。それが犯罪などの社会不安や自殺などの逸脱の原因のひとつになります。
今は幸福だと思っていても、やや感じていた不安はいつか巨大なリスクとなって襲いかかります。そのときに若者が抱えていた漠とした不安は目に見える不満に転じ、映画「一命」の海老蔵のように、社会全体がアノミックな状態になるのではないか、と、すっきりしない読後感がありました。
著者もそのあたりは自覚的だったようで、続編ともいえるこんな本を出版しています。
師匠格で『おひとりさまの老後』(法研)など介護分野の研究にも精を出している上野千鶴子との対談です。
本当はこの本にも触れたかったのですが、そろそろスペースがいっぱいです。
上野先生はあえて突き放した書き方をしていますが、正直、この本では失敗でした。新書ですから、手に取るのは身内が介護が必要になった一般の人が多いでしょう。その読者を対象とした本に「あなた何も知らないのね」という筆致はあまり賛成できません。介護保険制度なんて、必要になってから勉強する人がほとんどなのですから。
まあ、中身はいいのでセットでご一読を。
2011年11月09日
遠鉄百貨店新館オープン
浜松駅前の遠鉄百貨店が改装を終え、今日新館がオープンしました。

入口もオシャレになっています。

人気のスイーツ店には開店と同時に長い列ができていました。

ところで、ここはとある病院の遠鉄バス停留所です。
自家用車を持たない人、体が悪い人、お年寄りがいっぱいです。

本当に困っている人が必要としているバスを減便して、豪華なブランドショップが入る立派なビルを建てるなんて、おかしな会社ですね、遠州鉄道グループって。

入口もオシャレになっています。

人気のスイーツ店には開店と同時に長い列ができていました。

ところで、ここはとある病院の遠鉄バス停留所です。
自家用車を持たない人、体が悪い人、お年寄りがいっぱいです。

本当に困っている人が必要としているバスを減便して、豪華なブランドショップが入る立派なビルを建てるなんて、おかしな会社ですね、遠州鉄道グループって。
2011年11月05日
合唱コンクール
今の小中学生は合唱コンクールを楽しみにしているのだそうです。
少し前の「Yahoo!知恵袋」にもこんなアンケートがありました。
みんながんばってますね。
私の中学生時代は管理教育のさなかで、教師はとにかく人と違うことを許しませんでした。
ただでさえ思春期で、人前で歌うことなんか恥ずかしくてできないのに、教師に強制されて、バカバカしくてやってられるかと誰もが思っていました。
当時の音楽教師A教諭は教養文化を押し付ける教育方針で、庶民家庭の中学生には興味のかけらもない、クソつまらないクラシックとか邦楽(日本の古典音楽)ばかりやらされました。
一年生の合唱コンクールもそうです。練習も本番も、どんな曲を歌ったかも、何も覚えていません。
二年生のときの教師、B教諭は、最初の授業で「音楽は『音を楽しむ』と書く。『音を学ぶ』の『音学』ではない」と、生徒に向かって話しました。
歌の授業もありましたが、とにかく大声を出させるように仕向けるのが上手く、腹から声を出すので、授業の後はお腹がペコペコでした。
クラシックでも、ベートーベンの有名な交響曲「運命」の冒頭部を、指揮者ごとに聞き分けるということもやってくれました。同じ「ジャジャジャジャーン」でも、まるで違う曲のように聞こえ、新鮮な驚きを覚えました。
合唱コンクールでは、今でも映画などで使われる「あの素晴らしい愛をもう一度」をやりました。B先生は細かい技術は何も教えてくれませんでした。ただ、大きな声で歌いました。人前で歌うことの恥ずかしさや照れはまったくありませんでした。
三年になり、再びA教諭が音楽の担当になりました。そしてなぜか私は学級委員をしていました。
さらになぜか、合唱コンクールで指揮もさせられることになりました。
そのとき、女子生徒から、有名なポピュラーグループのバラードをやりたいね、という声が上がっていました。
私も好きな曲だったことと、中学生なりの責任感から、A教諭に、この曲をやらせてくれとかけ合いました。A教諭の答えは、「楽譜がないからダメ」というものでした。
その日のうちに浜松の鍛治町にあるヤマハ本店に行き、合唱用にアレンジした楽譜を購入してきました。バンドブーム前夜で、楽器をやりたいけどお金がなかったので、いつも楽譜コーナーの背表紙を眺めていた私は、合唱用のスコアがあることも知っていました。
ドヤ顔で楽譜を差し出されたA教師は、「合唱用に作られた曲でなければダメ」と、いきなり言い出しました。
怒った私は音楽の時間を2時間つぶして、A教師とクラスの40人全員と団体交渉を行いました。団交といっても、実質的には私の演説でした。
別の人には、学級崩壊とも見えたでしょう。
あるとき、机の中に入っていた手紙を見つけました。あまり話したことがなかった女子生徒Cさんからでした。
この曲をやりたいと言い出したとき、私が絶対に反対すると思っていた。だから、そこまでしてやってくれるのはすごくうれしい。応援するから、といった内容でした。
最後の望みでキャスティングボードであった担任教師に直訴しました。反応は、にべもないものでした。
帰りのホームルームで、クラス全員の前で、やんわりと、しかし反対の理由をとうとうとしました。
生徒のよき理解者と思われていた担任が意向を明らかにしたことで、流れは決まりました。
「学級委員に一任する」
担任の裁定で、私が決めることになりました。
クラスの支持が離れたことを肌で感じた私に選択肢はありませんでした。
手紙をくれたCさんに、心の中で、ゴメン、ゴメン、力不足でゴメンと何度も謝りながら、「合唱曲は『○○○』にしました」と告げました。
A教諭おすすめの、しかし、二度と聞きたくない、題名さえも思い出したくない曲です。
後に大学時代、教育社会学の教授から、思春期の青少年が持て余しているパワーを、非行や校内暴力やいじめからそらすための学校行事として広まったと聞きました。本当かどうかはわかりませんが、そういう機能はあるでしょう。
卒業式でよく歌われる「旅立ちの日に」も、荒れる学校を建て直すために、校長と音楽教師が作ったものだそうです。
そうだとしたら、今の管理者は、合唱コンクールに向けてがんばろうとか、みんなで練習して上手く歌えて感動したとネットにつたない文章で書き込みをする中学生を、うまく飼いならしたものだと感心します。
近所にお住まいの方が、母校の合唱コンクールにPTAとして参加され、その様子をツイッターでリポートしていたのを見て、このことを思い出しました。
あれから四半世紀近くが経ちました。
風の噂だと、教養芸術の原理主義者だった音楽教師A教諭は、定年退職して第二の人生を送っているそうです。
音を楽しむことを教えてくれたB教諭は、数年前に亡くなりました。まだ49歳でした。
巧妙に生徒の要望をつぶした担任は、出世の階段を着実に上り、中学校で校長をしています。
こっそりと手紙をくれたCさんは、再会したとき、教師になっていました。「今の子どもは甘やかされすぎてるから、厳しくしつけをしないといけない」と話していました。
そして、今では人気歌手の曲が合唱コンクールの課題曲となっています。NHKの合唱コンクールでは、今年はflumpool、来年はYUIだそうです。
いったい私は何をやっていたのか、誰と戦っていたのか、自分でもよくわかりません。
少し前の「Yahoo!知恵袋」にもこんなアンケートがありました。
みんながんばってますね。
私の中学生時代は管理教育のさなかで、教師はとにかく人と違うことを許しませんでした。
ただでさえ思春期で、人前で歌うことなんか恥ずかしくてできないのに、教師に強制されて、バカバカしくてやってられるかと誰もが思っていました。
当時の音楽教師A教諭は教養文化を押し付ける教育方針で、庶民家庭の中学生には興味のかけらもない、クソつまらないクラシックとか邦楽(日本の古典音楽)ばかりやらされました。
一年生の合唱コンクールもそうです。練習も本番も、どんな曲を歌ったかも、何も覚えていません。
二年生のときの教師、B教諭は、最初の授業で「音楽は『音を楽しむ』と書く。『音を学ぶ』の『音学』ではない」と、生徒に向かって話しました。
歌の授業もありましたが、とにかく大声を出させるように仕向けるのが上手く、腹から声を出すので、授業の後はお腹がペコペコでした。
クラシックでも、ベートーベンの有名な交響曲「運命」の冒頭部を、指揮者ごとに聞き分けるということもやってくれました。同じ「ジャジャジャジャーン」でも、まるで違う曲のように聞こえ、新鮮な驚きを覚えました。
合唱コンクールでは、今でも映画などで使われる「あの素晴らしい愛をもう一度」をやりました。B先生は細かい技術は何も教えてくれませんでした。ただ、大きな声で歌いました。人前で歌うことの恥ずかしさや照れはまったくありませんでした。
三年になり、再びA教諭が音楽の担当になりました。そしてなぜか私は学級委員をしていました。
さらになぜか、合唱コンクールで指揮もさせられることになりました。
そのとき、女子生徒から、有名なポピュラーグループのバラードをやりたいね、という声が上がっていました。
私も好きな曲だったことと、中学生なりの責任感から、A教諭に、この曲をやらせてくれとかけ合いました。A教諭の答えは、「楽譜がないからダメ」というものでした。
その日のうちに浜松の鍛治町にあるヤマハ本店に行き、合唱用にアレンジした楽譜を購入してきました。バンドブーム前夜で、楽器をやりたいけどお金がなかったので、いつも楽譜コーナーの背表紙を眺めていた私は、合唱用のスコアがあることも知っていました。
ドヤ顔で楽譜を差し出されたA教師は、「合唱用に作られた曲でなければダメ」と、いきなり言い出しました。
怒った私は音楽の時間を2時間つぶして、A教師とクラスの40人全員と団体交渉を行いました。団交といっても、実質的には私の演説でした。
別の人には、学級崩壊とも見えたでしょう。
あるとき、机の中に入っていた手紙を見つけました。あまり話したことがなかった女子生徒Cさんからでした。
この曲をやりたいと言い出したとき、私が絶対に反対すると思っていた。だから、そこまでしてやってくれるのはすごくうれしい。応援するから、といった内容でした。
最後の望みでキャスティングボードであった担任教師に直訴しました。反応は、にべもないものでした。
帰りのホームルームで、クラス全員の前で、やんわりと、しかし反対の理由をとうとうとしました。
生徒のよき理解者と思われていた担任が意向を明らかにしたことで、流れは決まりました。
「学級委員に一任する」
担任の裁定で、私が決めることになりました。
クラスの支持が離れたことを肌で感じた私に選択肢はありませんでした。
手紙をくれたCさんに、心の中で、ゴメン、ゴメン、力不足でゴメンと何度も謝りながら、「合唱曲は『○○○』にしました」と告げました。
A教諭おすすめの、しかし、二度と聞きたくない、題名さえも思い出したくない曲です。
後に大学時代、教育社会学の教授から、思春期の青少年が持て余しているパワーを、非行や校内暴力やいじめからそらすための学校行事として広まったと聞きました。本当かどうかはわかりませんが、そういう機能はあるでしょう。
卒業式でよく歌われる「旅立ちの日に」も、荒れる学校を建て直すために、校長と音楽教師が作ったものだそうです。
そうだとしたら、今の管理者は、合唱コンクールに向けてがんばろうとか、みんなで練習して上手く歌えて感動したとネットにつたない文章で書き込みをする中学生を、うまく飼いならしたものだと感心します。
近所にお住まいの方が、母校の合唱コンクールにPTAとして参加され、その様子をツイッターでリポートしていたのを見て、このことを思い出しました。
あれから四半世紀近くが経ちました。
風の噂だと、教養芸術の原理主義者だった音楽教師A教諭は、定年退職して第二の人生を送っているそうです。
音を楽しむことを教えてくれたB教諭は、数年前に亡くなりました。まだ49歳でした。
巧妙に生徒の要望をつぶした担任は、出世の階段を着実に上り、中学校で校長をしています。
こっそりと手紙をくれたCさんは、再会したとき、教師になっていました。「今の子どもは甘やかされすぎてるから、厳しくしつけをしないといけない」と話していました。
そして、今では人気歌手の曲が合唱コンクールの課題曲となっています。NHKの合唱コンクールでは、今年はflumpool、来年はYUIだそうです。
いったい私は何をやっていたのか、誰と戦っていたのか、自分でもよくわかりません。

この一枚を撮るのにどれだけ緊張したか!
警備が物々しくてすげー怖かったです。
気温が冷え込み、冷たい雨にずぶ濡れになり、それでも撮った雲に霞む東京スカイツリー。
川崎市の藤子F不二雄ミュージアムです。
鴻上さんの劇団「第三舞台」解散公演の後。語りたいことは山ほどあるが、ひとつが終わった実感がある。
休暇で東京に来ています。現在、オリンパスの本社にいます。