きらめく青春の幕が上がる

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 高校演劇部に関心がある人は、スポーツや吹奏楽に比べて、間違いなく圧倒的少数派でしょう。私はその少数でした。

 中学3年のとき、担任教師から、地元の高校演劇コンクールのチケットをもらいました。演劇に興味があるのは学校で私だけだと思っていたら、顔見知りの後輩女子生徒と会って気まずい思いをしたことを覚えています。

 演劇大会は高校生向けの演目がほとんどで、退屈なだけでした。今ならその理由がわかります。観客でなく、審査員受けを狙った作品だったからです。でも1校だけ、有名な演劇のパロディを上演しました。ギャグを繰り出すたびに客席に冷たい空気が流れましたが、オリジナルに挑戦した気概を感じました。プロと違うアマチュアはこのくらいチャレンジ精神がほしいと中学生のくせに思いました。ちなみに半年後にその高校に進学しました。

 私の高校演劇とのつながりはそれだけで、後に演劇部の看板女優(といっても部員は数人)と課外活動を通じて知り合いになったくらいで終わります。成績は優秀、生徒会や委員会でもアクティブに活動し、学校新聞に演劇評を書くほどの才女でしたが、彼女の舞台は観ないままでした。

 私が演劇に興味を持ったのは、将来の進路を考えたとき、幅広い知識や経験が必要だと考えたことと、ちょうど中学時代に小劇場演劇がブームだったことからです。でも、しょせんは田舎の中学生、東京まで観に行くなんて考えられませんでした。

 そういえば昔、地元のCMに、奇妙なコントをしている人が出演していて、「何だこのCMは?」と思っていました。大人気の劇団「夢の遊眠社」だと知ったのはずっと後になってからです。まあ、大都市以外の演劇事情はそんなものです。

 そんな高校演劇部を舞台にした青春群像劇、ももいろクローバーZ主演の映画「幕が上がる」を観てきました。原作は劇作家の平田オリザ、脚本は苦い青春を描いた「桐島、部活やめるってよ」の脚本家で、自らも舞台俳優の喜安浩平です。ももクロのメンバーひとりひとりに当て書きしたのではないかと疑うほど絶妙なセリフや配役でした。

 ただし、裏の主演女優は、元学生演劇の女優で、演劇部員を教える教師、吉岡先生(黒木華)です。夢をあきらめた彼女は、演劇コンクールで「勝ちたい」と無邪気に話す高校生にこう語ります。
「もしもこの先本気で勝ちに行くなら、きっと楽しいだけじゃ済まされない。はっきりいって、あなたたちの人生を狂わせてしまうことになるかもしれない」
 メモを取ってないので正確ではないかもしれませんが、映画のこのセリフは平田オリザの原作よりもはるかに切迫感があります。

 吉岡先生の指導によって、演劇部の生徒は、みるみるうちに演技に開眼していきます。まるで、新興宗教の教祖の「奇跡」を見た信者のように。それは、魅惑的な悪魔が待ち構えている別の世界への入り口でもあります。そして吉岡先生も魔力に再び侵されていきます。

 私はなぜか進んだ芸術系大学で、演劇の悪魔の手にかかった人たちに多く会いました。プロの劇団の養成所で俳優を目指す人、セミプロ劇団の裏方で働く人、学生演劇サークルに入る人……。チケットノルマがあるのでよくチケット買わされて観に行きました。寮の先輩と酒を飲みながら演劇論を交わした(ただし内容は極薄)こともありました。

 その人たちはどうなったか?特にプロを目指していた人たちは……?ネットが発達した現代でも、消息がわからない人がほとんどです。

 それが悪いのではありません。30代でアルバイトをしながら演劇をしている人もざらにいます。その演劇の魔力こそ、吉岡先生が高校生に語る「あなたたちの人生を狂わせてしまう」ということです。

 ひとつ間違えば、私も演劇の魔力にとり付かれていたでしょう。もし初めて観た高校演劇大会がレベルが高かったら……。もし鼻の下を伸ばして後輩女子生徒を劇場に誘っていたら……。首都圏に住んでいて小劇場の舞台を多く観に行けていたら……。進学した高校の演劇部に勧誘されていたら……、などなど。

 これは演劇に限らず、表現活動の「あるある」話かもしれません。その私も、演劇ではないものの、別の悪魔に取り付かれてしまったひとりなのですから。

 あれから20年以上経ち、どういうわけか、立派なモノノフへと変貌してしまった私は、ガラガラの映画館で、大人の忠告になど耳を貸さず、仲間と目標に向かって突っ走る5人の少女の姿を目にしました。それは、かつて多くの大人たちがどこかに置き忘れてしまったきらめく青春の自画像そのものだったのです。





 このCM、静岡限定なのかな?そうだとしたらもったいないなー。


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