AKB48握手会での襲撃事件は表現の自由への挑戦だ

カテゴリー │社会音楽

 報道されている通り、アイドルグループAKB48の握手会で、メンバー2名とスタッフが切りつけられてケガを負うという事件がありました。一夜明け、メンバー2名は骨折と裂傷という重症ながら命に別条なく、スタッフも負傷しながらも大事には至らなかったということで安心しています。

 メディアではファンとアイドルが直接触れ合えるイベントそのものに焦点を当て、警備体制の不備を批判的に伝える記事が見られます。おそらく、AKBグループも他のアイドルグループも、握手会などのプロモーションは規模の縮小など消極的対応を余儀なくされるでしょう。現に姉妹グループのNMB48では、ファンが退場する際に恒例となっているハイタッチを見送りました。

 これを書いている時点では、犯人の動機は明らかではありません。メンバー個人への恨みか、AKB48そのものへの不満か、それとも他に理由があるのか。もちろん、いかなる背景も言い訳になりません。ただ、犯人が意図していたものであれ、意図せざるものであれ、今回の凶行にはとてつもない裏の「機能」があります。

 握手会という「表現の自由」への挑戦です。

 アイドルの握手会というと、CDの販促プロモーションと思われています。実際その通りなのですが、当のアイドルにとっては他にも重要な機能があります。

 まず、グループやCDでなく、個人を売り込むこと。AKBでは「選抜総選挙」が恒例となっていますが、他のアイドルグループにも同じようなものがあります。また、握手券の売り上げが選抜メンバーなどに入れるかどうかの指標となります。ですからファンには精一杯の愛想を振りまきます。

 アイドルは嫌々やっているのかというと、そんなことはありません。数多いメンバーの中から自分を応援してくれる人と交流できることは、アイドルにとってもうれしいことです。営業マンならばわかるでしょうが、苦労して開拓した企業の商品は、会社を離れた場でも愛用したくなります。それと同じです。そういえば、ある元AKBの主要メンバーは、自分の父親くらいの人が握手会に来るのは気持ち悪いのではと質問されて、インタビューアーに本気で怒っていましたが、偽らざる本音でしょう。

 さらには、自分の活動の意見を聞いてフィードバックすることもできます。もちろん、中には本人を目の前にして心ないことを口にする人もいます。逆に役に立たない褒め言葉ばかり聞かされることもあるでしょう。それでも、今後の活動に前向きに取り入れようとします。彼女たちは世間の人たちが思っているよりもはるかにストイックです。

 さらには、メディアやファンに内緒で東日本大震災の被災地に月一回のペースで足を運び、ミニコンサートと握手会を開催しています(たとえばこういうの。超多忙なはずの当時の大人気メンバーです)。被災地の早期復興を望むメンバーとスタッフの強い意志によるものです。現地の人たちは無料で観覧できる、販促とは無縁のものです。

 偉そうに述べましたが、私はAKBグループの握手会には行ったことはありません。ただし、他のアイドルやタレント、作家たちの握手会やサイン会、講演会などにはよく足を運びます。そこでは思っても見ない実像と出会えます。

 例えば「不思議ちゃん」キャラで売り出していたアイドルと少し話しただけで、実はたいへんしっかりした方だとわかりました。有名な作家や報道カメラマン、フリーアナウンサーには創作や撮影の裏話をじっくり聞かせていただきました。アニメやゲーム音楽で有名なミュージシャンとは進路教育やキャリア教育について参考になる意見を多く聞きました(中高生の女子生徒に混じって並んだのは恥ずかしかったですが)。

 そんなように、広い意味での「表現」の場がアイドルの握手会です。そして、アイドルは握手会をたいへん重視します。なぜならば、アイドルという職業がないからです。

 歌手ならば歌、ダンサーならばダンス、芸人ならば話芸や曲芸などで評価されますが、アイドルはこの芸を観客に提供できればいいという評価基準はありません。なぜならアイドルという職業はないのですから。だから総合的な評価にさらされます。いくら歌が上手くてキレのいいダンスが踊れて表情もかわいくても、握手の対応が無愛想だと「塩対応」(大相撲やプロレスの「つまらない取組・試合」を意味する隠語「しょっぱい」から由来)のレッテルを貼られてしまいます。

 これを社会学者A・R・ホックシールドの提唱する「感情労働」を用いて批判的に論じる人もいますが、逆に、無名のメンバーでも、握手会で地道に関係を築いていけば、根強いファンを獲得することができます。先の営業マンの話に例えると、テレビなどに出ている人気メンバーが大企業のマス広告、握手会でファンを増やすメンバーは中小・ベンチャー企業の人的セールスでしょう。

 握手会で人気を得たメンバーは大勢います。柏木由紀や須田亜香里(SKE48)が代表です。先ごろ、今年の「選抜総選挙」の速報が発表されましたが、アイドルマニア以外にはほとんど知られていない人たちがかなりを占めています。その多くは、握手会で増やしたファンが押し上げたメンバーです。

 そう考えると、握手会は、一方的なプロモーションとは言えない、ファンとの相互行為と言えます。

 私が連想したのは、芥川賞作家で演出家の柳美里氏のサイン会が、作品とは無関係の事柄で脅迫を受け、安全を考慮して中止した件です(のちに厳戒態勢のなか実施)。正しく覚えていませんが、柳氏は記者会見で、「表現の自由への挑戦」と明言しました(たしか)。

 当時、私は事件そのものには憤りながらも、そういった問題だろうか、人種差別の問題ではないのかとやや不可思議に思いました。今ならば柳氏が言いたかったことはよくわかります。サイン会や握手会など対面型コミュニケーションを、営業や販促活動だけでなく、表現の一形態と考えている人も、表現者の中には多くいるのです。

 姉妹グループHKT48の劇場支配人は、今回の事件を「テロ」と断じ、不屈の精神をもって立ち向かうことを表明しました。ひとつ間違えば自分たちのグループのメンバーが被害者になっていたことを考えると当然とはいえ、小学生のメンバーも預かる身でここまではっきりと言えることは大変な勇気がいったはずです。

 同じく姉妹グループのNMB48は今日の公演延期を決定しましたが、SKE48は、今日の公演を予定通り行うことを発表しました。

 事情は異なれども、今後、どのグループのメンバーも、丸腰で活動を継続するはずです。

 メンバーとスタッフの勇断に期待します。


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この記事へのコメント
いきなりごめんなさい。
昔の同級生の名前検索で見つけてしまいました。テル君なつかしくて。
あんまり話をしたことなかったですが。
多分、名前を言っても覚えてもらえてないくらいかも。

お仕事頑張って、趣味も楽しんでいるみたいで何よりです。

8月の中学同窓会の連絡きましたか?
私は行かないつもりですが…。

これも見てもらえるかわからないですが、コメント入れてみました。
Posted by えむ at 2014年07月29日 21:55
ご無沙汰しております(と言いましてもどなたか存じ上げないのですが……)。
拙文をご覧いただきましてありがとうございました。
昔の同級生とは今でもよく会います。仕事場でバッタリということもたびたびです。
私も同窓会には都合で欠席させていただきます。でも、スミさんが張り切ってクラス会の幹事をよくやってくれていますので、お会いする機会はこれからも多々あるでしょう。その時には元気なお顔を見れたらと思います。
Posted by 大橋輝久大橋輝久 at 2014年07月30日 06:40
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AKB48握手会での襲撃事件は表現の自由への挑戦だ
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