ド素人が「悪人」を考えたらこうなった

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 昨日、名古屋で行われた五木寛之先生の講演会を聴きに行ってきました。大きなホールにお客さんがいっぱい。大半は中年から高齢者で、私よりも下の人はいなかったようです。
 失礼ながら、高価な服を着た上流階層の方はあまりいなくて、たぶん、五木先生のライフワークである親鸞や蓮如が説法の相手にしたのもこういう庶民が大半だったのだろうなと思いました。あまり思い詰めた人がいなかったこともまた安心しました。江原啓之の講演に詰め掛ける人や勝間和代の本を読み漁る人のような人たちばかりだと空気が殺伐とするだろうと思ったのですが、そんなことはありませんでした。
 内容は……、こんなチンケなブログでは書けないほどもったいないものでした。「五木史観」が縦横無尽で、丸丸一冊の本にできるほどの価値です。いや、活字で読んではいけないんですね。ああ、贅沢な話でした。思わぬプレゼントやサプライズもあって、わざわざ名古屋に行ってきてよかったでした。味噌カツ定食も美味しかったです。

 さて、五木先生と言えば、その『親鸞』(講談社)がベストセラーとなっています。今回の講演会もそのPRのひとつでした。「親鸞」といえば、教科書に必ず出てくる中世の名僧で、浄土真宗の開祖です。こんな抹香臭い本がどうして売れるのかと開いてみれば、もう、これが五木文学の集大成と言える名青春小説でした。
 幼年期から青春期を経て若い層に至るまで一直線に邁進するところなどは『青春の門・筑豊編』ですし、社会のはみ出し者や被差別民に連帯を示すのもまた五木文学の姿です。最後の越後配流となる場面など、『戒厳令の夜』など70年代に発表された破滅に突き進む希望の物語を思い起こさせました。私は現在刊行されている五木先生の小説は全部読破しているので(古書店めぐりは老後の楽しみに残してある)、そんなファンにとってはクラクラするほどの本です。
 ただ五木作品ではおなじみの車のウンチクが出てこないのが残念でした、って当り前か。

 親鸞の教え(正しくは、師の法然などから学び磨いた思想)も本に書かれているのですが、じゃあ、これが浄土真宗の入門テキストになるかといえば、それは違います。この本は、あくまでも五木寛之が史実や史料をもとに創作した物語ですから。司馬遼太郎の『坂の上の雲』をまったく正しいと思い込んで「あの頃の日本人は素晴らしかった」と説くのと同じくらい危険です。
 親鸞上人といえば「歎異抄」という書物が有名です。お弟子さんが親鸞上人の話したことを書き記したものとされ、
 「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」
という「悪人正機説」が有名です。
 悪いことをしても浄土に行けるんだ、と勘違いされることも多かったようで、解釈を間違えるとかなりの危険思想になるそうです。ですから私ごときに理解できるはずがありません。
 五木寛之先生の本を読むと、ここでいう「悪人」というのが誰のことか、明確な理解でなくともなんとなくわかります。
 たぶん、たぶんですが、「悪人」とは、当時卑しいとされていた人たちのことであり、なおかつ、私たち衆生の者すべてなのでしょう。

 親鸞が活躍した当時は京の都が荒れ果てた時で、鴨川には捨てられた死体が山ほどあり、犬が腕を加えて走っていくのが当たり前の時だったそうです。そのときの仏教は、皇族や公家、平家の武士など特権階級のものとされていました。その他の庶民は、たぶん仏様とは無縁だったのでしょう。あ、私は詳しくなくて、適当に想像でしゃべっているだけなので間違っているとことも多くあると思いますので真に受けないでください。
 その中でも、卑民階級の人たちや女性などは穢れていると言われ、死んだら浄土に行けない、地獄に落ちると恐れていました。親鸞がいう「悪人」とは、こういう人たちのことなのでしょう。
 権威ある坊さんから見捨てられた人たちでも「南無阿弥陀仏」と唱えるだけで、阿弥陀様の導きによって平等に浄土に行けるというのが親鸞の考えなのかと思います(何度も言いますが、完全な素人が言っていることなので、間違っている点も多いです)。

 卑民階級の人たちには、家畜の死骸を処理している人や、亡くなった人を荼毘に付す人たちがいました。今でも差別意識は根強く残っていて、映画「おくりびと」では、チェロ奏者から納棺夫に転職した主人公を、妻や旧友が激しく忌避するシーンがあります。
 他にも不定住民がそうでした。今では「乞食」「浮浪者」「ホームレス」がごっちゃになっていますが、それぞれ違う概念でした。また、あえて定住しないサンカという民族もいました。これもまた五木先生が『風の王国』という本に書かれています。そういう人たちもまた被差別者とされていました。
 それから芸能を生業としていた「河原者」と呼ばれていた人たちがいました。差別されているゆえに他の職業に就けないから芸能で生きるしかないという場合もありますし、ひどい境遇からハングリー精神でのし上がってやると努力ではい上がってきた人もいます。被差別者であることをあえて胸を張って「俺たちは芸一つで生きてる『河原乞食』だ。お前たちとは違うんだ」と誇りにする人もいます。

 そういう、皇族・貴族・公家階級や武家階級以外の庶民や下層階級の間に、高貴な人々の間で歌われる和歌(今で言うとクラシック音楽に相当?)でなく今様(今で言うと歌謡曲や流行歌)が流行し、念仏が受け入れられたのは想像に難くありません。
 自称・芸能研究者としては、「悪人」なくしては芸能は成り立りません。よく言われることですが、被差別部落出身者や在日外国人抜きでは紅白歌合戦はできないなんていわれます。演歌や歌謡曲だけでなく、他の芸能ジャンルやスポーツ界・実業界にも被差別階級出身者は大勢います。
 そして、もうひとつ。生きとし生ける者すべてが「悪人」だということです。

 例えば、私たちは肉や魚を食べます。屠畜をしたり解体したりするのは別の人ですが、口にするのは私たちです。需要と供給の関係から、私たちが欲したから屠畜したり死体を処理する人たちがいるわけで、その意味では私たちも間接的に殺生をしていることになります。野菜や果物もそうです。植物にも生命があり、それを口にするのですから、私たちは罪深い存在です。
 今日の新聞に書いてありましたが、内閣府の調査で、死刑制度の存続を望む人が85%で過去最高だったそうです。それだけ多くの人が、人を殺すことを肯定しているわけです。
 死刑に関わるのは、何も13階段の踏み台を外すボタンを押す刑務官だけではありません。よく議論になりますが、法務大臣が死刑執行許可のサインをして、最終的に死刑が執行されます。その法務大臣は、内閣総理大臣が任命します。総理大臣は、国民が選んだ国会議員が首班指名します。間接的に、国民が人を殺すことに同意しているわけです。国民全員が(少なくとも投票権がある人は)殺人者です。
 もっと短く言えば、現行の死刑制度を変えない国会議員と、それを選んだ有権者は、国家による人殺しを容認していると言えます。
 他にも事例はたくさんあります。この世で生を営む私たちは、みな「悪人」だと考えることができます。
 ド素人が「悪人」を考えたらこうなった 
 ですから、昨日、名古屋市内でこんなチラシを配っている人がいましたが、誰かをスケープゴートにして「あいつらは『悪人』だ。あいつらは追い出せ」なんて排外主義を主張している人たちは、自分自身もまた「悪人」であることをわかっていない、憐れむべき人たちなんでしょう。もっとも私はそこまで慈悲深くありませんが。

 以上、五木先生の作品と、先生のお話をもとに、自分なりに思ったことを書き連ねてきました。
 何度も書いていますが、私はまったくの素人で、親鸞上人のことも真宗のこともまったくわかっていないので、間違いばかりだと思います。真に受けないでください。
 ただ、芸能と宗教、そして被差別民との関係は、もっと勉強しなくては、と強く思った次第です。

 五木先生の講演会、これからも東京と北九州であるそうなので、小説を読まれて関心を持たれた方は、ぜひ足を運んでみてください。



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この記事へのコメント
大半は中年から高齢者で、私よりも下の人はいなかったようです。・・・私は団塊世代ですが、大橋さんは10代ですか。会場で20代の方が何人も見受けられました。

 失礼ながら、高価な服を着た上流階層の方はあまりいなくて、たぶん、五木先生のライフワークである親鸞や蓮如が説法の相手にしたのもこういう庶民が大半だったのだろうなと思いました。・・・私も庶民の一人と思っていますがこういうくくりは大変不愉快ですね。(何様ですか)

 あまり思い詰めた人がいなかったこともまた安心しました。江原啓之の講演に詰め掛ける人や勝間和代の本を読み漁る人のような人たちばかりだと空気が殺伐とするだろうと思ったのですが、そんなことはありませんでした。・・・どうしてこのように思うのか理解に苦しみます。
Posted by 五木寛之の一ファン at 2010年02月07日 19:51
>「五木寛之の一ファン」さん
コメントへの私からの答えを掲載しました。
http://eriteru.hamazo.tv/e1979641.html
2月8日の文章です。

どこかでお会いする機会がありましたら、今度はまともに五木文学についての議論をしたいものです。
Posted by 大橋輝久 at 2010年02月08日 13:07
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