こんじき食い

大橋輝久

2020年04月13日 16:47

口をすぼめて少量ずつ食べることを、親や親戚は「こんじき食い」と呼んでいました。

「こんじき」とは「乞食」のことです。

決していい言葉ではありませんが、あえて用います。(不適切というだけでなく、我が親族の教養や民度の低劣さの恥をさらします)。

言いたいことはわかります。麺類ならば「ズズズッ」と音を立てながらすするのが粋です。丼物は一度縁を持ったら手を離さずに全部食べ切ると、豪勢に見えます。

小さい頃は食が細かったので「こんじき食いはやめなさい」とよく叱られました。残すこともしばしばでした。高校生の時に、突然「ヤセの大食い」に変貌するまで続きました。

(どうして日本語には出る杭を打つことわざや慣用句がたくさんあるんでしょう? 少食でも大食漢でもいいのに)

そして今、また、こんじき食いです。

入院中の最大の楽しみは3回の食事です。特に私は、栄養やカロリーが厳密に制限されています。間食はご法度。糖質の含まれてない水とお茶だけです。

お碗に付いた米の一粒、肉じゃがに入っていさ糸コンの切れ端、サラダのレタスの残り、全部、残さず食べます。

食器は洗ったばかりのようにきれいです。

それだけではありません。

マーガリンや糖質オフのジャム、マヨネーズ
やドレッシングの小袋が付いてきます。

かけた後に、明け口からしゃぶります。そして、上下の前歯で袋を押し付けて中のものをすべて舌の上に押し出します。

絶対に人には見せられない姿です。

私だって、こんな恥ずかしいこと書きたくありませんよ。

でも、これが入院生活のリアルです。

病院食を悪し様にけなす人がいますが、気持ちがわかりません。

副作用や合併症を抱えており、多種多量の投薬をされている私に、管理栄養士は、医師の指示のもと、他の患者とは違うメニューを毎日用意してくれます。

私だけが特別扱いではありません。噛む力や飲み込む力が弱いお年寄り、免疫が低下している患者、容態が急変した患者……。

すべての患者に合わせて調理してくれます。

栄養士の書類を見たことがありますが、10種類もの医療メニューリストがありました。

もちろん、絶対にミスは許されません。それは、配膳係のおじさん、おばさんも同じです。医師や看護師と同じく、患者の命をあずかっているのですから。

三食後、お椀とお皿を空にして、ドレッシングや醤油の小袋をしゃぶり尽くして、お膳に手を合わせています。

退院後も、こんじき食いを続けるでしょう。以前は牛丼大盛を5分で平らげてましたが、じっくり食べます。

医学的にも、一口30回を目安に咀嚼するのが健康にもダイエットにもいいのだそうです。

「米ができるまでにはは88回の手間がかかっているから『米』という漢字なんだ。だから、お百姓さんの苦労を考えて、もっとゆっくり噛んで食べなさい」

亡父がほろ酔いで諭した言葉を思い出しました。

いい話で終わらせるつもりでしたが、読み返すと、やっぱり恥ずかしいなー。
…………
今朝の朝食。『美味しんぼ』の「美食倶楽部」でも出せないご馳走です。


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