「非知性主義者」の4年目の決意

大橋輝久

2015年03月11日 08:40

 地元の書店で見つけた本を一冊紹介します。望月五郎さんという方が自費出版した『ほろ酔い復興支援独り旅』(発売元・静岡新聞社、2013)です。

 著者は1945年生まれ。静岡県庁職員を定年退職後に北海道・宗谷岬から鹿児島・佐多岬まで踏破し、その記録を出版しています。奥付によると、他にも四国八十八ヶ所を徒歩で巡礼したり、卓球チームの監督をしたりと、アクティブな活動を大いに楽しんでいるようです。

 もうひとつ、著者は県職員時代に福井豪雨や新潟県中越地震に災害ボランティアとして関わっています。東日本大震災のときもボランティアに志願しましたが、倍率が高く外れてしまいました。ひとりでできる支援を考え、被災地で居酒屋に入ってお金を落とそうと、一人旅をしました。茨城~福島~宮城~岩手の宮古までを巡った、行き当たりばったりの旅行記です。

 松尾芭蕉の『おくの細道』のように、大げさな感情表現を織り込まずに行程が書かれています。ここの居酒屋では津波が襲い集落が壊滅したとか、ホテルの食堂の従業員は姉を亡くして自分は奇跡的に排水溝から首が出て救助されたなど、内容こそ胸を突かれますが、筆致はあくまでも淡々としたものです。

 本には著者による写真も多く載っています。中には飲み屋で居合わせた客との記念写真もあります。明るく気さくな性格で、すぐ現地の人と親しくなり、そこで前述のような悲惨な話も忌憚なく話してくれるのでしょうし、隣り合った人から旅の情報を得たりもできます。行間から著者の人柄がにじみ出てきます。

 そうかと思うと、あとがきでは防災行政への厳しい文言も顔を見せます。ほのぼの旅行記から一転して行政マンの顔を出すあたりはさすがに東海地震が懸念される静岡県の元職員です。

 よくできた本ですが、商業出版と同等に評価するのは間違っているでしょう。「みちのく居酒屋めぐり」の副題から期待できるだけの観光情報はありません。あくまで著者の体験談です。コンセプトも散漫になり、構成も冗長なところが多く、一個人が旅行中に記していた日記をそのまま文字に起こしただけのように見えます。

 もちろん、それでかまいません。自費出版本はアマチュア劇団や草野球の試合と同じで、著者の友人が楽しく読んでくれたら十分役割を果たします。詐欺まがいの悪質な自費出版本ビジネスに比べると、本書の成り立ちは幸福なものです。

 なぜ今この本を紹介したかというと、現場に行くことの大切さをわかってほしいからです。

 一度でも旅行したところには愛着がわきます。その後、足を運ぶことがなくとも、心のどこかで記憶が引っかかります。テレビの旅番組でタレントがおいしい料理を紹介しているのを観て、自分が旅行をしたときのことを思い返したことは私にも何度もあります。

 「震災を忘れない」「3.11を忘れない」そんな空虚な言葉を新聞やテレビで見るたびに、「忘れられるわけないじゃん」と反発します。私も、たった数日ですが、甚大な被害を受けた場所に訪れた経験があるからです。

 ところが、一部の人は、積極的に忘れたがっている、というよりも、なかったことにするようです。福島第一原発の事故です。

 安倍首相はじめ政権与党や官僚、電力会社、一部のマスメディアは、当時の菅首相らの事故対応を責めたことすら知らない素振りをして、国内の原発再稼働に舵を切っています。海外にも積極的に輸出しようとしています。

 放射能被害を過剰に喧伝する一部の知識人や専門家には一切与しませんが、非インテリの私でも、原子力に頼るエネルギー政策に無理があるのはわかります。それどころか、福島の事故はヒロシマ・ナガサキと違って、現在も進行中です。

 故郷を追われて仮設住宅に住む人の多くは、自立ができない年配者です。その人たちに学者や経産省の官僚ほど原子力の知識があるとは思えません。でも、原発の怖さや不条理さは偉い政治家や官僚よりも身に染みて理解しているでyしょう。

 私もいつか、福島に行かなくてはなりません。紹介した本の著者のように、身ひとつでふらりと現地に赴き、居酒屋で現地の人と酒を交わしながら話をすることで、震災や原発の恐ろしさを体に覚えさせることが「反知性主義」ならぬ「非知性」の私にできることだと、4年目の朝に決意したのです。

 さあ、今から肝臓を鍛えておこう。待ってろよ、福島の地酒!

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