「公共」放送とはなにか?

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 かつての私を知る人からは想像もつかないとは思いますが、今、まったくといっていいほどラジオは聴いていません。時間がないことや受信環境が悪いことが主な理由ですが、もうひとつは、聴くに堪えないものばかりなのです。
 それでも、当地に戻ってから聴いた、いくつかの印象深い番組があります。
 ひとつは映画音楽の巨匠、ジョン・ウイリアムズの特集です。午後2時から7時まで、5時間にわたっての企画です。音楽評論家や日本のファンクラブ会長の興味深い解説を交えながら、じっくりと彼の名作を堪能しました。用事があって部屋から出るときにもずっと携帯ラジオをポケットに入れ、ヘッドホンをしたままでした。
 もうひとつは、続きもののラジオドラマでした。偶然ニュースを聴こうとしてダイヤルを合わせたら、スピーディな音楽に乗せて、力強い役者の声が流れてきました。デュマの小説をドラマ化したものですが、臨場感とスピードにあふれた作品は、ラジオの可能性を見せ付けて、いや、聞かせ付けてくれました。
 このふたつは、ともに、NHKのFM放送で聴いたものです。

 昨日の新聞記事にありました。
 「NHK改革 FM、衛星放送削減 竹中懇」(読売新聞6月7日付)
 竹中総務相の私的懇談会「通信・放送の在り方に関する懇談会」(竹中懇、座長・松原聡東洋大教授)は6日、最終報告書をとりまとめた。焦点のNHK改革では、FM放送と衛星放送の2チャンネルの削減を求めた。
 衛星放送3チャンネルのうち、すでに1チャンネルは別途、削減方針が決まっていたため、計3チャンネルを2011年までに減らすこととした。これにより、NHKのチャンネル数は8から5に減少する。最終報告書は「(FM放送は)公共放送としての役割は終えた」とした。
 最終報告書の原文はこちらです。

 懇談会の報告書では、民間放送事業者への開放を謳っています。

 へ~、民放が5時間ぶっ通しで映画音楽特集をやってくれるっていうのかい?たしかにラジオでもテレビでも、心あるスポンサーさんのおかげでクラシック音楽番組を長年続けている放送局もあるけれど、スポンサーの都合でなくなった優良番組なんて、その何百倍もあるのです。「ババア!ババア!」の毒蝮三太夫さんの番組だって、スポンサーが倒産して存続が危ぶまれましたし(幸い別のスポンサーがついて今もマムちゃん節が聞けます)、大人が聴くに堪えうる数少ない番組だった「五木寛之の夜」はスポンサーのカネボウがああなっちゃって終了してしまいました。
 第一、民間放送って、営利目的でしょう。私がプロデューサーや広告代理店の人だったらこういいますよ、「それって数字とれるんか?」「目玉はなに?」って。そして良質な番組を模索しようとするディレクターは、上の意向を汲んで仕方なく若い人気タレントを司会にして、何もわかっていないけど話題性だけはある人をゲストに呼んで、華々しく(そして騒々しく)やりますよ。はい、今現在ラジオで流れている、おなじみ「スペシャルウィーク」です。

 ラジオドラマに至っては、聴いたことあります?ないでしょう。放送されてないからです。えっ、あれでしょう、「足音がパタッパタッ、ドアがギィーッ」でしょうって?あるいは文化放送なんかがやってるアニメの声優が出てるやつでしょうって?冗談じゃない。私は以前、すごいのを聴いてしまいました。宮本輝の小説のドラマ化で、橋爪功さんが主演でした。電車の中で聴いていたのですが、目的地に着いてラジオを切らなくてはならなかったのがどれだけ悔しかったことか。NHK‐FMのラジオドラマはそんな本格的なものからSF、ファンタジー、マンガを原作にしたものまで目白押しなのですよ。
 それにね、ラジオドラマはクリエイターのインキュベーターとして最適なのです。NHKのラジオドラマで育ってテレビや映画で大活躍している脚本家や演出家や俳優はムチャクチャ大勢います。

 それがどうして作られなくなったのか?ものすごく端的に言えば、割に合わないからです。脚本家に依頼して何度も書き直させ、俳優を何日も拘束して手の込んだものを作るよりも、アイドルに30分しゃべらせたほうがずっと安上がりです。それでもNHKは、経済効率の極めて悪い仕事をしているのです。そんなことが民放にできますか?やってたところもあるんですよ、LFとかTBSとか。みんなやめちゃったんですよ。今でもやってるのは大阪MBSの「ドラマの風」くらいですかね。大阪にいた頃、よく聴いてました。非常に意欲的な作品が多く、実験作もありました。権威ある賞も受賞しています。ただし放送終了直前の日曜深夜に1時間、スポンサーはありませんでした。いかがですか、そこの社長サン、スポンサーになりませんか?

 衛星放送も1チャンネル削減だそうです。ウチはBSは見られませんけど、再放送されたものを見たことがあります。たぶんあなたもご覧になられたでしょう。韓国ドラマの「冬のソナタ」です。
 今でこそよく知られていますけど、「冬ソナ」はもともと、NHK-BS2で細々と放映されていたものです。それが好評で何度も再放送されるうちに一般マスコミでも話題になり、地上波で放送され大反響となり、今の「韓流ブーム」につながっていくのです。どっかのバカが「韓流ブームは作られたものだ」なんて知ったかぶって言ってますが、とんでもない。最初は地味に始まったものなのです。民放では自社が製作する映画は大々的に宣伝しますが、これまで関心のなかったアジアのドラマを買い付けて放送するなんて企画はとても通らなかったでしょう。

 さあ、NHKがFMもBSも削減となれば、こういった良質だけれど日の当たりにくい企画はどこがやってくれるのでしょう?
 キー局がダメなら地方局?地上デジタル放送の設備費がドカーンとのしかかってくるローカル局ではとうてい望めません。CATVやコミュニティ放送?そういうことは、どこでもいいから実際に放送局を訪問して制作現場や財務内容を見てからおっしゃってください。ネット放送やPodcast?いいですねー、Web2.0なんて旬の話題ですしね。これまでのプロ以外から新たな才能が出てくるのを待ちましょう。はてさて、何十年待てばいいのやら。

 NHKは「公共」放送です。公共放送の最大の存在意義は、どんな山奥にでも離島にでも、日本全国津々浦々まで情報を届けることです。その意味におけるラジオや衛星放送のチャンネル数は報告書にあるように確かに多く、難視聴対策としてはさほど必要でないのかもしれません。でも、別の公共性だってあるのです。「広範な区域をカバーする」というのを仮に「ハード」と呼ぶのなら、情報や娯楽の質は「ソフト」です。NHKは、利潤を追求する営利企業でありスポンサーの意向に左右されやすい民間放送にはない公共性を負っています。
 昨日(6月7日)の毎日新聞には、こうありました。長くなりますが重要なので引用します。
 ◇チャンネル減、反発強く
 「FMとAM第2放送は、最もNHKらしい放送。受信料を払う意味の大半はここにある。削減されたら払わない」「英語講座がなくなると困る」。BS(衛星)とFM、AM放送を具体的に挙げた懇談会のチャンネル数削減案が明らかになった後、NHKには多くの反対意見が寄せられた。

 チャンネル数削減を巡って、NHKには苦い経験がある。93年に語学講座や教養番組中心のAM第2放送削減案をNHKが表明した際、聴取者の猛反発に遭い、構想撤回に追い込まれたのだ。懇談会の議論に対し、NHKの橋本元一会長は「視聴者のニーズを把握した上での政策にしてほしい。議論が深まっていない」。片山〈虎之助・元総務相〉氏も「削って空いた電波をどう利用するかの議論がまるでない」と不快感を示してきた。

 削減理由について、松原座長は「公共放送でなくてもよいチャンネルがある」と語るだけだったが、ある懇談会委員は「チャンネル削減は受信料値下げにつながるものとして議論された」と明かす。最終報告書では、聴取者らの反発に配慮し、AM放送の削減案だけは撤回されたが、「場当たり的」との批判もある。

 一方、スポーツ・娯楽番組部門をNHK本体から切り離し、子会社化して請け負わせる案は、民放との競合を念頭に置いている。松原座長は「不祥事が頻発した部門。民間との競争にさらして制作費用を減らせば健全化する」と主張する。だが、民放幹部からも「関連会社を増やしては、スリム化の議論に逆行する」「大相撲中継を民放でやれと言われても難しい」と、懸念の声が上がる。

 「経済合理性だけで議論を進めている」。懇談会に対し、放送業界の反発は強い。懇談会委員からは「業界の実態に詳しいメンバーがいなかった」「論議が6カ月間では短い。座長主導で議論が進められた気がする」などとの声も聞かれる。(注。〈〉内は引用者)
 たしかにNHKに対する信頼は地に堕ちました。早急な改革が必要です。
 しかしながら、今回の報告書にあるNHK改革案は、まずは改革ありきで、最も大事なこと、すなわち公共放送の「公共」とはなにか、「公共」とは誰かという視点が欠落しているように思えるのです。視聴者が不払いの罰則もないのになぜNHKに受信料を払っているのか、そしてなぜ払わない人が激増したのか、その根本理由をいま一度、見つめ直すべきでしょう。


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この記事へのコメント
公共放送が利益を追求してどうすんだという主張には禿同です。
メディア倫理法制をまがりになりにもやっている私としては、本当に、ここまで市場の論理でなんでも片付けていいのかと、怒りを通り越して悲しくなります。
Posted by ogacci at 2006年06月08日 20:31
禿同って……。あんまりナウなヤングにバカ受けな言葉を使うのはチョベリバですよ(藁)
競争原理が働かない分野っていうのも間違いなくあるんですよね。障害者福祉とか外国人教育とか過疎地の交通インフラ整備とか。そういう金にならないところを支えるのが公的機関の役割のはずで、公共放送もその一翼を担うはずなのですが、どうも話が逆行しちゃってるようですね。「みなさまのNHK」はどこ行っちゃうんでしょう。
Posted by 大橋輝久 at 2006年06月09日 22:03
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